2−24 砂嵐の蹂躙(2)
ハザン帝国軍は既に補給物資の半分近くを失っている。そしてまた今回の砂嵐で兵力も物資も更に削がれたと考えられる。
ハザン帝国のエーリッヒ総大将とそのラングスタイン副官は、これから始まるであろう満身創痍での王都攻撃の勝敗はすでに決まってしまっているように感じていた。
とはいえ、この時点で砂嵐を理由に行軍を中止して本国へ帰ったとしたら、確実に敗戦の責任を取らされ粛清されることは明白であった。
エーリッヒ将軍はこれ以上兵を無駄に死なせたくはなかったが、最早前に進むしか方法は残されていなかった。
進むも地獄、退くも地獄。かつて全く経験したことのないほどの馬鹿げた負け戦となってしまう可能性が高くなっていた。
それから数時間が過ぎ、砂嵐の脅威からも徐々に解放されつつあったハザン帝国侵略軍。
ラングスタイン大佐は、砂で覆われてしまったマントの砂を払いのけると、あたりを見回した。そこに見えたものは、大量の砂に埋もれた多くの兵隊と軍需物資。
彼はただちに体制立て直しの号令をかけた。
モゾモゾと砂の中から立ち上がる兵隊達、壊れた馬車。砂塵を大量に吸ってしまったのか死んでしまった兵士や軍馬。そこかしこに無残な光景が見られた。
やっと、隊列の立て直しが終わったのは砂嵐に遭遇してから半日以上が経過していた。持ってきた軍需物資は国を出た時の半分以下に減っていた。兵隊の数は、死亡者、行方不明者を除き、今後の進軍が可能な数は、半数近くの15,000名程度にまで削がれていた。それでも、数の上ではまだフラウ王女の率いるトライトロン王国の二倍以上の兵力である。
士気が完全に落ちたままの、トライトロン王国の王城へ向けてハザン帝国の進軍が再び開始された。王都までは後1日の距離。
エーリッヒ将軍は、この時点でハザン王国がこの戦に負けるであろうことはほぼ想定できていた。今回のダナン砦の補給戦分断の作戦、加えて砂嵐によるハザン帝国兵の削ぎ落としがただ単に偶然に起きたものではなく、意図して行われたものだと確信できていた。
自分達の予想通り、それが計画通りになされたものだとすると、トライトロン王国の王都にはハザン帝国よりはるかに優れた軍師が一人あるいは複数存在していることになる。
本来の予定だと砂嵐が来る前にハザン帝国軍は、トライトロン王国の王城の近くまで進軍できていたはずだった。しかし実際には行軍は既に1日以上遅れ、兵力も兵量などの物資も半分が消失してしまった。
そのことから考えると、王都では更に大掛かりな作戦が用意されているように思われてならなかった。。
エーリッヒ将軍自身は、この戦で自分が死ぬかどうかについてはそう重要なこととだは思っていなかったが、ただ単に理不尽な侵略戦争に付き合わされただけの、いや巻き込まれてしまった一般の兵士については、可能な限り、ハザン帝国に無事に帰してやりたいとも考えていた。
表情からは十分に読み取れないが、ラングスタイン大佐もおそらく将軍と似たようなことを考えているような気がしていた。
もし、ここでハザン帝国軍が全軍をあげて徹底抗戦を行った場合、ハザン帝国の残存兵の大半は戦死し、仮りに戦死を免れた者がいたとしても、王国内において奴隷扱いとなり生きて二度と本国の地を踏むことは難しいだろうと漠然とそう感じていた。
「ラングスタイン大佐!お主この王都決戦どう見る?」
「我が国の兵は数の上では王国を未だまだ凌駕していますが、戦闘力はもうあまり期待できない気がします 」
ラングスタイン大佐もこれからの王都決戦には更に詭計を準備されていると考えていた。そうなると良くて捕虜、大半はこの地で命を散らすことになるのはほぼ確実であった。
「お主もそう思うか?仮りに降伏を申し出たとしてもこちらから仕掛けた戦、我々二人の首だけではとても帳尻が合わないだろうな 」
実際ここまで来たら、トライトロン王国の出方を待ってから考えるしか方法は無かった。
「そうですね!これほどまでの戦略・戦術的手腕を発揮する敵の将軍の顔も確と見届けておかないと、死んでも死に切れませんね 」
それにしても、シンシュン国をも抱き込み、これほどまでの戦略を立案し、かつそれを完璧にやってのける軍師が王国内存在していることについて、ハザン帝国の軍首脳部は誰一人としてその情報を持っていなかったとは情けないことである。
もしこのことを知っていて軍部が意図してやったたことであるとれば、彼らはハザン帝国にとって口減らしの目的に利用されたことになる。
「そうだな!いくら情報に疎い首脳部であっても、これほどの策士が存在していたら、ハザン帝国の情報網に引っ掛かっていてもよかったはずですが、、、?」
「考えたくはないが、軍首脳部はその情報を得ていながらも自分達を口減らしのために人身御供に捧げたのかもしれないな 」
とは言え今更彼らが何を考え、何を言っても全てがもう遅いのかもしれなかったが、、、。




