2−23 砂嵐の蹂躙(じゅうりん)(1)
5時間程でダナン砦に帰り着いたクロード近衛騎士隊長とグレブリー大佐は急ぎ水鏡のところにかけつけた。その戦果を報告するために。
しばくすると水鏡の表面が波立ち、やがて鏡面のように凪いでくると同時に、フラウ王女の顔が映り出した。二人は冷静さを装いながらも、やはり驚愕の表情は隠せない。
「いやー、心臓に悪いですな、クロード殿?いつも監視されているようで!」
「フフフフ、心配するな、大佐殿!私はそんなに暇ではないぞ。それにしても二人共本当に良くやってくれた。戦略、戦術何れをとっても申し分のない成果だった 」
・・・・・・・!
「期待を遥かに越える出来栄え、改めてご苦労様だった。
グレブリー大佐!ハザン帝国撃退の暁には王国での祝勝会に出席してもらうからな 」
フラウ王女は二人の予想を超えた働きに労をねぎらい、
「クロード!ハザン帝国兵士を避けて、急ぎ王国に戻ってくれ。これから王都決戦が始まる。帰還が遅くなると砂嵐に遭遇することになる 」
とその美しい顔を綻ばせた。
フラウ王女はクロード近衛騎士隊長のダナン砦での指揮権をグレブリー大佐に返還したが、今回の件でダナン砦の有用性を改めて認識したのか、ダナン砦を女王直轄にすることについては解除しなかった。
そして水鏡の中の王女の顔は次第に薄くなり始めた。
フラウ王女の顔は消えてしまった水鏡にはハザン帝国軍が体制を立て直している様子が映っていた。
この時クロード近衛騎士隊長は、フラウ王女がハザン帝国軍の進軍を半日程度遅らせた理由が、砂嵐が来ることを予想しての作戦であったことに気がついた。
今まで自分の心の中に燻っていた作戦変更に関するモヤモヤがスーッと晴れていくのを感じ、
” 私は、早速砂嵐を避けて王都に 帰ります ”
と答えた。
「グレブリー大佐殿、この次は王都で是非お逢いしましょう 」
二人は握手を交わし、クロードは愛馬に飛び乗り王都を目指し走り始めた。
クロード・トリトロンがダナン砦を出立して半日後、遥か遠くに見える砂埃を上げながら進軍して行くハザン帝国軍を横目に見ながら、愛馬に鞭を打った。
クロード近衛騎士隊長がしばらく砂漠を走っていると、ハザン帝国軍の後方で砂嵐の発生を確信させるような光景が見てとれた。
空全体が暗くなり、時々まき上げられた砂塵により誘発された静電気で稲妻が不気味に光りながら、進軍を続けるハザン帝国軍の隊列に喰らいつくように迫っていた。
クロード近衛騎士隊長はその砂嵐を横目に見ながら、それを避けるように王都へと急いだ。
その頃、トライトロン王国の王位第一継承王女フラウリーデは自室の水鏡を喰い入るようにのぞき込んでいた。今彼女が見ているのは、ハザン帝国の行軍の少し後方で、稲妻を放ちながら彼らを追いかけている砂嵐の状況であった。
「お姉様、見事なまでの先読みの術ですね!」
実際、卑弥呼が予想したようにハザン帝国軍を砂嵐が追いかけている様子がありありと映り込んでいた。
「うまくいってくれたようじゃのう!もし外れてしまっていたらフラウに笑われてしまうところじゃった 」
「ご冗談を!外れるなど毛頭考えていらっしゃらなかったくせに!」
この時、フラウ王女の部屋にだけは戦争時とは思えぬ穏やかな時間が流れていた。
フラウ王女は、第三軍務大臣メリエンタールとジェームス参謀長を呼ぶと、黒い水を溝に流し始めるように指示した。
フラウ王女がメリエンタール将軍達を呼ぶ少し前、ハザン帝国の前線においては正にパニックが始まろうとしていた。後方から砂嵐がすごい勢いで追いかけてくる。
何とか隊列を保とうとするエーリッヒ・バンドロン将軍とラングスタイン・ザナフィー大佐だったが、、、
突然行軍中の兵隊の一人が砂埃を吸い込んだためか、雷の音に驚いたのかパニックとなり、呪いだ!たたりだと発狂したように叫びながら走り回り始めた。こういう状況下では、パニックは更に周りの兵隊達のパニックを招いてしまう。
ラングスタイン大佐は素早く馬を飛び降りると、大声を出しながら走り回っている兵隊に近づきスラリと引き抜いた長剣で問答無用とばかりに真っ二つに切り裂いた。
砂嵐の吹きつける風に血飛沫が巻き起こり鉄錆様の匂いを発しながら飛び散った。
他の兵隊達は思わぬ味方兵の惨殺光景に、むしろ平静さを取り戻し始めた。
ラングスタイン大佐は、
” 皆のもの、よく聞け!お前たちが今パニックになると、この砂漠内で全員骨になってしまう ”
と大声で叫んだ。
そして慌てず、身を隠すマントを被って布で鼻を覆い地面に伏せて嵐が過ぎるのを待つように指示を与えた。また、くれぐれも砂埃を吸い込まないようにとも、、、。その命令は直ちに後方の部隊にも伝えられた。
ラングスタイン大佐はエーリッヒ将軍の所へ戻ると、
” 本国は、我々を生贄にするつもりだったのですかな?それとも今後の食い扶持を減らす為に我々を戰に駆り出したのですかな?」
とても本国では口にできないような罵詈雑言で罵った。
エーリッヒ将軍は大佐を非難することはしなかった。
実際、今回のトライトロン王国攻めは国民の非難をかわすために編成された可能性も無くはなかった。うがった見方をすれば人身御供だった可能性すら考えられた。
この時期、 砂嵐の発生可能性については、参謀本部においても容易に想像できたはずである。
この状況であれば、王城に着く頃には、ほとんどの兵隊の戦闘意欲は削がれてしままうのはほぼ確実であった。
「もし本国に帰れることがあったら、わしはこれを機に軍から引退しようと思っている 」
とエーリッヒ将軍はボソリと呟いた。




