2−21 補給戦の分断(1)
砂漠内において人の動きを敵から隠すことは難しい。どこもかしこも只々ラクダ色の砂があるだけで遮蔽物はほとんどなく砂漠内の異物は遠くからでも一望出来る。砂漠内での兵士達の動きは敵軍から極めて視認されやすい。
しかしグレブリー大佐は有事がほとんど無かった日常においても、砂漠内での兵士達の日常訓練を欠かさなかった。彼らはまさに斥候兵としての資質と経験を十分に持っており、特に大佐が直接指揮する兵士たちは極めて隠密性に優れていた。
今回の作戦に参加する兵士と騎馬にはハザン帝国の軍隊の目を欺く為の砂色迷彩のマントが全員に配布され、そして兵器等の物資を乗せる馬車にも同じように砂漠の色と見間違うほどの迷彩色の目隠しが施されていた。
遠目にみれば、彼らは砂漠の色と完全に同化しているように見える。
グレブリー大佐が至る所に配置している斥候兵から次々とハザン国の進軍状況についての報告が砦に上がってくる。
フラウ王女からの作戦の概要を水鏡で聴き終えた二人から 、
” 安心して自分達に任せて欲しい ”
旨の力強い返事が返ってきた。
水鏡で見る限り、いよいよハザン帝国の主要部隊が国境を通過し始めようとしていた。
クロード近衛騎士隊長は、水鏡に映るフラウ王女に向かって
” 我々は、そろそろ出撃します ”
と伝え、吉報を待っていて欲しいと付け加えた。
フラウ王女は極上の笑みで、くれぐれも怪我のないようにと言って送り出した。
砂漠には水鏡を持ってはいけないため、これから以降はダナン砦の斥候兵士の目だけが重要な情報源となる。それを逐一判断するクロード近衛騎士隊長とクレブリー大佐の力量が今回の作戦の成否を決めることになる。
王都にいるフラウ王女は水鏡に映る場所を、これからハザン帝国との攻防戦が起こるであろうハザン帝国軍の動きにあわせていれば、クロード・トリトロンの動きも併せて確認できるはずである。
王国軍は、斥候兵を含め総勢300名。この作戦は数は多ければ良いというものではないので選別されたグレブリー大佐直属の精鋭部隊の数である。
砂漠の中での大群の兵士の動きは極めて目立ち易い。一旦発見されると、多勢に無勢で瞬く間にハザン帝国軍の餌食となってしまうであろう。
トライトロン王国に向かって進軍している兵士たちの中にも、グレブリー大佐直属の部下が数名紛れ込んでいる。その彼らからトライトロン王国とシンシュン国との同盟情報は大袈裟に流されており、既にハザン帝国兵の一部は既に浮き足立ってき始めてた。
それでも指揮官の抑えが未だ十分に効いているのか、クロード近衛騎士隊長のいる場所から見る限り、目立って帝国兵士の士気が低下しているようには感じられない。
クレブリー大佐の直接指揮する斥候兵達は、やはり隠密行動に優れ、クロード・トリトロンが見る限りその士気も極めて高いように見える。
クレブリー大佐は300名の精鋭部隊の前で、今回の戦は敵国の補給部隊を分断し、かつ本体の進撃を半日程足止めするのが目的であって、決して戦かって勝利するのを期待しているわけではないことを特に強調した。そして可能な限り戦いを避ながらハザン帝国軍を翻弄するようにと厳命した。
加えて、一人の犠牲者を出すことなく全員でダナン砦に帰る迄が今回の任務であるとの檄を飛ばした。
クロード近衛騎士隊長は大佐の命令を聞き、この辺境の砦にこれ程までの人材が眠っていたことに驚きがらも、既にこの作戦の成功を確信し始めていた。
一見何んの変哲もない真っ平らな砂漠の中にも実際には道がある。通常商隊などが交易のために使用する道であり、その部分の砂はある程度踏み固められている。そしてその砂漠の道にはその両脇の所々にには低い岩があり、そのようなな場所では、比較的道幅が細くなっている。
その為、そこを通る際には必然的に隊列が長く伸び切ってしまう。
本来だと、後続部隊の進軍状況を把握しながら先頭部隊の進軍速度を調整する必要があるのだが、その点について、ハザン帝国の軍隊はダナン砦程度の兵力では奇襲を受けても十分対応できると見ているか、若しくはあまりに大群過ぎて統制可能な範疇を超えてしまっているのか、補給戦の隊列は道幅に応じて少しづつ細く長く変化していった。
恐らくダナン砦の兵が既に王国に向かって行軍中だと信じ込んでいることも、彼らの心の中に油断を誘っているのかもしれなかった。
今ここで敵軍に遭遇する可能性など全く念頭に無いのであろう。多分ハザン帝国がダナン砦に派遣したハザン帝国斥候兵の報告を完全に鵜呑みにしている可能性が強かった。
ハザン帝国軍の隊列は蟻が行列するように、周囲の状況に影響されるがままにその補給部隊の列は徐々に伸び始めていた。
「クロード殿!敵は我々王国軍を可成り軽く見ているようですな!これでは、我々に襲ってくださいといわんばかりの隊列になっていますよ。これが敵の囮作戦であれば、少しは戦い甲斐があるというものですが、、、!」
クロード・トリトロンも同様の感想を持っていたが苦笑するに止めた。
「グレブリー大佐殿、元々自分の考えでは、補給部隊の中央部分を分断し、前半分は本隊に付けておきたいと思っていたですが、、、」
確かに補給部隊の全部が寸断され、補給物資の大半を失うかもしれないとと本隊が判断した場合、進軍そのものが止まってしまう羽目にもなりかねない。
実際、補給物資無しでのそれ以降の進軍は普通あり得ない。補給物資を完全に失ってしまえば、ハザン帝国兵は自国に引き返すしかなくなる。ただその場合、今回の進軍がここで中止されたとしても、恐らく半年も経ない内に補給物資を調達して再び同様な侵略行為が繰り返えされるのはほぼ確実と考えられる。
単に、追っ払えたので勝利したと考えるのは早計であるように思われた。恐らく近い将来に大きな禍根を残すことになってしまうであろう。
この機会に、二度とトライトロン王国への侵略を計画しないようにハザン帝国軍を完膚無きまでに叩きのめしておきたいと二人は考えていた。そう考えると、この国境戦では可能な限り生かさず殺さずの程度叩いて、彼らの進軍をあきらめさせないことが懸命であろう。
だが一方で今回は、フラウ王女から既に補給部隊の先端を攻撃する指示が出てしまっていた。




