2−16 ダナン砦の大佐
翌朝早く、クロード・トリトロン近衛騎士隊長は水鏡に入れる呪文のかけ終わった水と任命書を持って、馬に飛び乗った。
国境近くのダナン砦まで、丸々2日間の予定である。
途中特に大きな障害もなくクロード近衛騎士隊長はダナン砦に到着することができた。
早速、クロードは砦の統括責任者であるグレブリー・シュトライト大佐に面会を申し込み、女王からの任命書を手渡した。
グレブリー大佐は今回の第二軍務大臣ジームクントの召集に応ずべく3,000名の部下達を集め、明日にでも王都に向けて進軍を開始しようと最後の準備の真っ最中であった。
クロード近衛騎士隊長から王国の大方の作戦を聞かされると、グレブリー大佐は目を輝かせてこの作戦の持つ意味を直ちに理解した。
「さすがは、フラウリーデ第一軍務大臣殿。慧眼の限りです。正直、我々3,000名の兵が砂漠を超えて王都に入ったとしても、どの程度お役に立てるであろうかと心配しておりました 」
「それなら話は簡単だ。フラウリーデ王女様の企画したこの作戦をグレブリー大佐も全面的に受け入れてくれると考えても構わないのですね?」
「これで私の部下を、いや王国の兵を、無駄死にさせずに済みます。それに我々の成果次第では、王都での戦闘は最小限で済むやもしれませんし、、、」
このグレブリー大佐こそ、この作戦の大成功を買われて、後に第二軍務大臣にまで昇進する。実際の所、グレブリー大佐は階級的にはクロード近衛騎士隊長よりも上で、大佐が積極的な協力を拒んだ場合、この作戦は水泡に帰す可能性が高かった。
一方のグレブリー大佐としては、自分の部下達の無駄死にを見なくて済むばかりでなく、その成果によっては忘れられた辺境の砦が王国内で大きな意味を持つようになる可能性の方を良しとしていた。
万が一、グレブリー大佐が王国の指示に従わなかった場合は、強制的に幽閉してでも指揮権を剥奪する必要が出てきたわけだが、大佐の戦局を正確に見る能力と部下たちを思う気持ちが無駄な内部抗争を引き起こさずにすみ、クロード近衛騎士隊長は安堵の溜息をついた。
クロード・トリトロンが持参した女王名の任命書には、グレブリー大佐は作戦遂行中はクロード・トリトロンの指揮下に入るこ旨の内容となっていた。
「早速だが、作戦本部室に案内してもらえないだろうか 」
クロードは、作戦本部室に入るや否や水鏡を設置した。砦で用意されていた大皿に王都から運んできた水を入れてしばらく待っていた。すると、水鏡の表面がわずかに波打ち始めたあと、次第に静かになり、その水面にフラウ王女の顔が映り始めた。
「クロード、早駆けご苦労様 」
・・・・・・・!
「それにグレブリー大佐!事の重大さを良く理解し、軍の階級と関係なく快くこの作戦を受け入れてくれた様子、感謝している。今回のダナン砦の働き次第でこの戦全体の行方が決まることを十分理解してくれての了承だと思うが、しかと間違い無いな 」
「相違ございません。王女様!私としては王都からの命令であれば王都にかけつけることは吝かではないと考えておりほぼ出立の準備が終わっていますが、辺境のこの地から王都に駆けつけたとしても、実際にはどの程度戦闘に貢献できるかを心配しておりました 」
その矢先にこの作戦案が飛び込んできたため、グレブリー大佐は正直ホッとしていた。砦を根城としてハザン帝国を翻弄する作戦であれば、自分たちで作戦を立案することも可能であり、ある程度思い通りの戦いが展開できるようになることは彼にとって極めて歓迎すべきものであった。
「それにしても、フラウ王女様!この水鏡はどの様な仕掛けで王都の王女様とお話ができるのでしょうか?おまけに王都にいらっしゃる王女様のお顔までも拝顔できるとは、何とも不思議なものですね 」
クロードも自分がダナン砦に到着したことをどのようにしてフラウリーデ王女が知ったのかについては不思議に思っていた。自分が砦に到着したのを見計らったようにフラウ王女から連絡が入ってきたのだった。
ダナン砦のクレブリー大佐の疑問に対する問いに、フラウ王女は嫌がる風でもなく、
” クレブリー大佐は、話が分かるから助かる。この戦に勝利したら大佐にも追々と知ってもらうことになるであろう。それで、お主の疑問の中で一つだけは答えておこう と思う ”
と笑いながら答えた。
フラウリーデ王女はそこで少し間を置いて、今回の作戦の一番要になると考えられるため、何故クロード近衛騎士隊長の砦への到着を知ったかということについて話し始めた。
「実はこの水鏡は、王国所蔵の地図でダナン砦の位置を確認し、その部分に私が焦点を当てて見たいと考えると、その付近の状況が私室にある私の水鏡で見ることが可能となる 」
「フラウリーデ王女様!この水鏡は今ここで起こっていることを時間差なく王女様も見ることができていると考えても宜しいいのですか?」
「そうだ!今ダナン砦は火が沈む前の夕方だよな。王都でももう少ししたら日が暮れ始める。王都の水鏡に映った私の姿をダナン砦の水鏡でお前達はほとんどの時間差無く見ることができている 」
「それでは、必要となればいつでも連絡を取り合えるということなのですな 」
水鏡を設置したことで、今後はハザン帝国の国境付近での動きを逐一ダナン砦に送ることが可能となった。それも時間差なしに。斥候兵が全く不要になるわけではないが、その数は相当数減らせるることになる。
そのことは、少数精鋭の斥候兵で目的が達成できることとなり、隠密的行動が極めて効果的に発揮できることを示していた。




