12−32 ヒルデガルド王女の結婚(2)
ヒルデガルド王女の結婚式には、ハザン共和国の大統領夫妻と長男のギルバート・サンダと他主要な政界の大臣二十数名がトライトロン王国へ赴くところから始まった。
トライトロン王国側の出席者としては、王国の貴族領の領主、共和制を一部導入した元貴族の領民代表、加えて王国の大臣たちが加わった。
娘、ヒルデガルド王女が望まなかったこともあって、結婚式自体は比較的質素に行われたが、そのことが返って一人娘を嫁がせる立場の寂しさを皆に与え、涙するものが多かった。その時女王は、妹ジェシカ王女をプリエモ王国に嫁がせた時のことを思いださせられ、涙した。
女王は、娘ヒルデガルド王女の居なくなった部屋の窓から一人王都街を眺めながら、三度目の深いため息をついた。これからは自分の大切な者が一人又ひとりと自分の元から去っていく。
新しく来る者は自分ではなくバルタニアン王子とその王妃のために集まる。
そうでなければならないのは分かっているが、虚しい感情が時として自分を支配する。やはり一人娘のヒルデガルド王女をハザン共和国に嫁がせたことが彼女にそのような感傷を与えていたのであろう。
そしてガラス窓の近くで再びため息をついた。その漏れ出た女王の息で窓ガラスが曇る。その曇りに女王は指先で 『 ヒルデガルド 』と書き、慌てて消した。そして、今更ながらに自分の両親がクロードとの結婚が決まった頃の記憶に思いを馳せて少し唇を綻ばせた。
「お母様!少し宜しいでしょうか?」
「ああ、バルタニアン!何か用事か?」
「お母様、やはり寂しそうですね!」
「そうだな!何だか今でもヒルデガルドがまだこの部屋にいるような気がしてならない、、、」
・・・・・・・!
「情けない母を許してくれ。これでは女王失格だな!」
「そんなことはありません。お母様のそのお気持ちが先の叛乱でも多くの罪なき人の命を救ったではありませんか?」
「いや!あれはお前が考えた貴族の救済策ではないか?」
「いえ、あれはお母様の願いを私と妹が形にしただけです 」
「バルタニアンは優しいな。お前と結婚する女性は幸せだな 」
「ところで、何か用事ではなかったのか?バルタニアン、、、」
「いいえ、大丈夫です 」
バルタニアン王子は言いかけた言葉を途中で飲み込み、『 失礼します 』と深く礼をしてヒルデガルド王女の部屋から出ていった。
それから一ヶ月後、バルタニアン王子はグレブリー・リンネ公爵家のフローナラインとの結婚を許してもらおうと、玉座の間で両親であるフラウリーデ女王とクロード摂政に話をしていた。
「バルタニアン!お前大丈夫か?喧嘩したら切り捨てられるぞ 」
「いえ大丈夫です。お父様だってちゃんと元気でいらっしゃいます 」
「何を言うか?お前の父は私の剣術の師匠だぞ。私が剣を使えるようになったのも、馬に乗れるようになったのもお前の父親のお陰だ、、、お前が思っているよりもお父様は遥かに強い 」
・・・・・・・!
「悪かった!故意に話をそらしたわけではない。それでフローナラインはどういっているのか?」
「全て、私に任せると、、、」
フラウリーデ女王はクロード摂政を見るとお互いにうなづいた。
女王は、先にヒルデガルド王女の部屋で娘のことに思いを馳せていたいた時、バルタニアン王子が何の用事で来たのかは十分に分かっていた。
娘ヒルデガルドが嫁いで居なくなった部屋にポツンと考えごとをしていた時、その母の気持ちを考え、何も言わずに去っていった息子バルタニアンの心根が母親である女王にはとても有り難かった。
今王子から聞く結婚の申し入れは素直に喜んで許しを与えることができた。
「分かった、バルタニアン!グレブリー・リンネ公爵とマリンドルータからの許可は、私とクロードが責任を以ってもらうことにするから安心していると良い 」
・・・・・・・!
「結婚式は半年後で構わないな。王子の結婚式には8カ国の代表者も呼ばなければならないからな!少し時間の余裕を持っておいた方が良いだろうな!」
「有難うございます。フローナラインには私が伝えても宜しいでしょうか?」
「それは任せる 」
バルタニアン王子が立ち去る時、玉座の間の扉が閉まる音が心なしかいつもより大きく軋んだような気がしてフラウ女王は、『 クロード!私は少し走り過ぎたような気がする 』とため息まじりにつぶやいた。
「もうここらでちょっとゆっくりしたいな。今直ぐと言うわけではないが、そろそろバルタニアンへの攘夷を考えようと思っているのだが、、、」
「あっ、だがクロードはバルタニアンの右腕が出来るまで摂政を続けてくれないか?私は身体が丈夫な内に邪馬台国へも行ってみたいし、、、 」
「そうだな!フラウは小さい頃から運命に逆らわずにずっとずっと走り続けてきたからな、、、」




