12−30 バルタニアン王子の剣の誕生
フラウリーデ女王は、自分が結婚したのが20才の時であったためか、二人を結婚させることに年齢的な抵抗はなかった。またその結婚相手としてバルタニアン王子がマリンドルータの娘のフローナライン・リンネを選ぶことになったとしても、特に反対する理由は無かった。と言うより、むしろ好ましいとさえ思っていた。
マリンドルータ・リンネは自らが選んだ『 女王の剣 』であり、彼女の夫である『 ダナン砦の英雄 』の二つ名持ちのグレブリー・リンネ公爵はダナン砦の作戦以来の無二の親友である。
フローナライン・リンネはその二人の娘で、いわば公爵令嬢である。彼女が剣術を好んでいることは、二人の剣豪の子供であることを考えると、別に不思議なことではなかった。
フラウリーデ女王自身、バルタニアン王子とフローナラインとの模擬試合を画策したくらいである。彼女の実力も十分に確認できていた。そして彼女であればバルタニアンの剣になってくれることは疑いようがなかった。
「バルタニアン!最近鍛錬場に足繁く通っているようだが、稽古嫌いのお前が、どういう風の吹き回しだ?」
「はい!それは、そのう何というか、そう!私もちゃんとした剣術を修練した方が良いかと思ったりして、、、」
「うーん何か歯切れが悪いな!他にも理由があるのでは無いのか?」
・・・・・・・!
「お前さえ良ければ、フローナラインを近衛騎士として、お前の『 剣 』になってもらおうかと思っているが、彼女では駄目か?そうなれば、いつも一緒にいられるようになるぞ 」
「本当に宜しいのですか?」
「だが、彼女を説き伏せるのはおまえだぞ!私が口を挟んだら、彼女の意志とは関係なくお前の『 剣 』とならざるを得ないだろうからな。それはお前の本意じゃ無いんだろう 」
「有難うございます。勿論私から話します 」
「ああ、そうしてくれ!」
バルタニアン王子は、フラウリーデ女王が邪馬台国の卑弥呼と出会い女王の眠っていた能力が覚醒した後に生まれた子供のせいか、生まれて1年もしない内にその不思議な能力は既に開花していた。
その為か彼が10才になった頃には鍛錬場に行っても誰も相手をできる者はいなかった。エーリッヒ大臣もラングスタイン将軍もとっくに王子の稽古嫌いには匙を投げていたし、これからの治世に必ずしも優れた剣技の必要性はなかったからでもある。
バルタニアン王子の剣技は、必ずしも十分とはいえないが、それをも遥かに凌駕する邪馬台国の卑弥呼と同じような不思議な能力を持っており、もはや彼の相手をできるものは誰もいなかった。
バルタニアン王子は、鍛錬場でフローナラインと対峙した時、思わず瞬間移動の能力を使ってしまった。それも二度も。その結果引き分けで終わっていた。彼自身、フローナラインがまさか自分にその能力を使わせる程の剣の使い手ではあり得ないと鷹を括っていたこともあるが。それも、1回の試合で2回も使用してしまったことから、決してまぐれだとは思えなかった。。
思わず、咄嗟に自分に特殊能力を使用させた彼女に対し、判定は引き分けであったが、明らかに自分の負けを認めていた。
彼にとって、生まれて初めての経験であった。その夜から彼は時々フローナラインの夢を見るようになった。それは時に試合であったり、彼女の気が強そうなあの美しい顔であったりする。
それで、鍛錬場通いを始めていた。彼女に会うために。
それから、フローナラインは近衛騎士団に入隊することになった。騎士団に入隊することが決まった数日後に彼女はフラウリーデ女王から玉座の間にくるように命令が下された。
初めての玉座の間に若干の緊張を隠せず、少しおずおずとしたように入室した。その彼女の目の前には、花のように微笑んでいるフラウリーデ女王が座っていた。その側にはクロード摂政が座っている。その下段の方には左側にバルタニアン王子が、右側にはヒルデガルド王女が立っていた。
そして、女王の後ろにはフローナラインの母親『 女王の剣 』であるマリンドルータ・リンネが立っている。
フラウリーデ女王は、儀式用の飾りのついた剣を持つとフローナラインが跪いているそばまで近寄り、その剣でフローナラインの肩を軽く叩いた。これでフラーナラインは、王国の騎士に任命された。
騎士団の中では最も若かったが、剣の腕においては彼女を凌駕する騎士は誰もいなかった。
そしてその半年後フローナライン・リンネは近衛騎士隊長兼『 王子の剣 』となった。
フラウリーデ女王の下地造りは終わった。女王は、バルタニアン王子を呼ぶと、後はお前次第だと笑った。
バルタニアン王子は少し照れたように、分かりましたと答え、フローナライン近衛騎士隊長の手を握ると、若干照れたようにフローナラインに求婚した。
フローナラインとしては、王国近衛騎士に任命され、『 王子の剣 』と二つ名をもらっただけでも、彼女の精神状態は一杯一杯でパニックに陥っていた。
そのような彼女の精神状態を死ってか知らずか、あるいはフローナラインの精神が混乱の最中にある時こそが好機と判断したのか、バルタニアン王子はフローナラインへの求婚まで切り出したのである。
混乱する考えの処理が十分にできずに、フローナラインは、女王の後ろに立っている母親のマリーンドルータ・リンネを見た。マリンドルータは、娘の顔をじっと見ると小さくうなづいた。
この日、王位第一後継者バルタニアン王子とグレブリー・リンネ公爵家の一人娘フローナライン・リンネは結婚することが決定した。王子は今回の二人の結婚に陰で、女王が自らある程根回しをしていることについては承知しており、母親が動いている限りフローナラインとは確実に結婚できるであろうと考えてはいた。
それでも、一抹の不安は常につきまとっていた。彼自身フローナラインの気持ちはある程度わかっていたつもりではあったが、近くトライトロン王国の王位を引き継ぐべき自分と、かたやトライトロン王国の筆頭公爵家の一人娘フローナラインとの結婚は、手放しで安心できるものではなかった。
これが市井の若い男と若い女の結婚であれば、比較的二人の思いが優先されるであろうが、王国の王となる人間と、公爵家の跡取りになるはずのフローナライン・リンネとの結婚は、考えようによっては、かなりハードルが高かった。
バルタニアン王子は、母親であるフラウリーデ女王と、フローナラインの母親であるマリンドルータ・リンネには感謝してもしきれないと考えていた。
いずれにしても、ここで二人の結婚は確かな現実のものとなった。




