12−29 ヒルデガルド王女
バルタニアン王子とフローナライン・リンネとの模擬試合が終わり、一ヶ月が過ぎた。フローナライン・リンネはその模擬試合以来落ち着かない気分をひきづっていた。模擬試合は引き分けに終わっていたが、彼女自身バルタニアン王子のあの不思議な瞬間転移をつぶさに経験し、自分の未熟さを反省しながらも、バルタニアン王子に『 王の剣 』の必要性を疑問視していた。
フラオーナラインの母であり『女王の剣 』であるマリンドルータ・リンネは、『 王の剣 』の必要性を自分とフラウリーデ女王との関係を明確に示しながら説明した。実際、自分が実際にフラウリーデ女王と立ち会いを行った場合、勝てる可能性は極めて低かったことを例に出しながら、それでも、王国の女王には『 女王の剣 』が、王国の王には『 王の剣 』が必要であることを含めるように話しかけけ、一応フローナラインの理解を得た。
それ以来エーリッヒ大臣とラングスタイン将軍の指南を受け、フローナラインは1ヶ月で『 居合抜刀術 』と『 神道無限流 』の免許皆伝者となった。
「ヒルデガルド!最近バルタニアン王子はよく自室を空けているようだが、、、何処に行っているのか知らないか?」
フラウリーで女王は何かを探るようにヒルデガルド王女の目を覗き込んだ。王女にしては、珍しくその返答を戸惑っているようである。
「王子には好きな人でもできたのかな?」
一瞬ヒルデガルドの目が泳いだ。
「お母様に隠しごとはできませんね。あの模擬試合の後、時間を見つけては鍛錬場通いをしているそうです 」
ヒルデガルド王女は母フラウリーデ女王が既に知っていて、自分にカマをかけてきたことを確信したが、時は既に遅かった。若干二十歳の娘ヒルデガルドが心理戦でフラウ女王に勝てるわけもなかった。彼女がいかに座学の面で天才的な頭脳を持っていたとしても、、、。
「鍛錬場に?バルタニアンは稽古嫌いではなかったか?
そうか、バルタニアンの心を惹きつける何かがあの鍛錬場にあるということのようだな?」
事情を確信して、女王はにこりと笑った。
「お母様!私は何も言っていませんけど 」
「お前のその言葉が、そうだと語っているではないか?」
「あっ!」
「それにしても珍しいことだ。是非私もゆっくりと話してみたいものだな。バルタニアンの心を動かしたその娘とやらと、、、」
「お母様!、、、」
・・・・・・・!
フラウ女王は、この時バルタニアン王子が誰に何の目的で会いに行っているのかについて、ある程度予想していたが、今のヒルデガルドの返答で確信に変わった。
「ところで、ヒルデガルドの方は如何なんだ?ハザン共和国のギルバート・サンダ殿とは、、、確か昨年の選挙で副大統領に選任された、共和国最年少の議員だと聞いているが、、、?」
突然の自分への飛び火にヒルデガルド王女は、内心焦っていた。しかし、意を決したように話し始めた。
「実は、そのことで、お母様とお父様の許しがあれば、ギルバート殿と結婚したいと願っていますが、、、」
「で、ギルバート殿は何と?」
「フラウリーデ女王夫妻のお許しさえ頂ければ、両親を連れて正式にお願いに上がりたいと、、、」
「そうか?おめでとう!」
「お許しくださるのですか?」
「許すも許さないも無いだろう。私もギルバート殿の誠実さは十分に理解している。それにカトリーヌ・サンダ大統領は私の親友だ。信頼に十分値する方だと思っている 」
・・・・・・・!
「後はクロードがどう言うかというのもあるが、もし父さんの希望を聞いていたら、30を過ぎてしまってもこの城に居なければならないだろうしな、、、」
「お母様!お父様の説得、宜しくお願いします 」
ヒルデガルド王女が、カトリーヌ大統領の息子ギルバート・サンダに始めて会ったのは、5才の時である。ハザン帝国滅亡後に彼女が興したハザン共和国が、トライトロン王国の産業革命を共に歩たいと申し入れしてきた時にハザン共和国に女王と招待された時があった。
その時、ヒルデガルド王女は始めて兄や父親以外の異性に直接接触することになった。その頃、ギルバート・サンダは10才。当初ギルバートは5才年下の王子と王女にどう接すべきか悩んでいた。
しかし、その必要はなかった。
二人ともが、既に自分とあまり変わらない知識と判断力を持っていたことに驚いてしまった。そして、ついハザン共和国の共和政治について熱く二人に語りかけていた。
また王子と王女は、ギルバートの話す共和政治の内容を一言も漏らさないようにと聞き入っていた。
特に、ヒルデガルド王女は共和政治の統治方法に興味を持ったらしく、ギルバートを質問攻めにしていた。その彼女の質問に対しギルバートは、煩わしがることもなく、一つ一つ丁寧に答えていた。
それ以来、ヒルデガルド王女とギルバート・サンダの手紙による交流は続いていた。そして、5年前ヒルデガルド王女が15才の時である。
トライトロン王国で、長く続いた内乱が完全に終結し、叛乱貴族に新しい統治法を試そうとなった時に、フラウリーデ女王は、ハザン共和国の共和政治の試験的導入を行なおうと試みた。その時に、ハザン共和国に派遣されたのが、15才のヒルデガルド王女とバルタニアン王子であった。
そして、その結果としてトライトロン王国は、叛乱貴族の新しい統治法として、ハザン共和国の共和政治を部分的に導入することになった。
この時、王子と王女がハザン共和国に滞在したのはたった5日間。しかし、ヒルデガルド王女とギルバート・サンダの愛を確認するには十分な時間であった。そして、ヒルデガルド王女は結婚するならハザン共和国のギルバート・サンダ以外にはいないと考えるようになっていた。
それから、五年が経過した。この五年間は自分達の提案した新しい統治方法が、間違いなく機能しているかどうかを確認するための期間でもあった。バルタニアン王子は、徐々に政務に携わる機会が増加し、この新しい統治方法の確認は、もっぱらヒルデガルド王女が担っていた。
そして、彼女なりにこの新しい統治方法が間違っていなかったことをほぼ確信s時、その統治方法に関する蔵書を執筆した。その蔵書は、以降、新しい国の統治方法の一つとして使用されるようになり、年を重ねるごとに定着していった。
この五年間に、ヒルデガルド王女とギルバート・サンダが交わした書簡は5百通を下らない。その間には、二人の思いを伝え合う内容のものも多くあった。




