12ー28 バルタニアン王子とフローナライン公女
ここは王城の鍛錬場、マリンドルータ・リンネとグレブリー・リンネ公爵の養女フローナライン・リンネ公女と王国の第一継承者バルタニアン王子が対峙していた。
先般、冗談とも本気ともつかないフラウリーデ女王の発言に、夫グレブリー公爵は何事か感じていたようであるが、その方面に疎い『 女王の剣 』マリンドルータ・リンネはフラウリーデ女王の真意をまだ図りかねていた。
「バルタニアン!女子だからと決して侮るではないぞ。彼女は王国の剣神達も認める凄腕の剣の使い手だぞ 」
「勿論です。お母様にしたって、マリン殿、サリナス殿にしたって王国屈指の剣豪は女性ですから 」
「そんなことはない、私の師匠はクロード摂政、エーリッヒ大臣それにラングスタイン将軍だ 」
フローナライン・リンネは、母親似の金色の髪に緑の虹彩を持つ美女であったが、母の顔の柔らかさの中に、父親グレブリー公爵の持つ精悍さと勝気さをない混じえていた。
もう一人の『 女王の剣 』サリナス・コーリン大佐の合図で二人の模擬試合が始まった。今回の審判は居合抜刀術の師匠エーリッヒ大臣でも、神道無限流のラングスタイン将軍でもない。
フラウリーデ女王が、今回サリナス・コーリン大佐を審判とて選んだのにはそれなりの理由があったが、本人にもサリナスにもその話はしていない。サリナスの合図で剣を構えた二人はそのまま絵になるような青年と少女の対峙であった。
場内の至る所からため息が漏れる。二人共道場の模擬刀を使用している。
まずは双方が青眼に構え、何かを試すように、先にバルタニアン王子がその構えのまま半歩踏み込んだ。
フローナラインは王子の目から視線を逸らすことなくそのまま半歩踏み込む。何方かがあと半歩踏み込めば完全に双方の間合いに入るはずである。バルタニアン王子は彼女の目をじっと見つめたまま、模擬刀を背後に隠した。
フローナラインは、王子の剣先の方向を見ようと少し回り込んだが、王子も自分の剣先を見せまいと同じ方向に周り込んだ。
その瞬間、フローナラインは、斜め上段に剣を構え直し、王子の肩口を狙って半歩踏み込むと同時にその剣を降り下ろした。しかし、フローナラインの剣は王子の肩口を捉えることはできなかった。
バルタニアン王子はフローナラインが剣を振り下したのと同時に一歩後方に飛び下がっていた。しかし、見る者の目には王子の姿が一瞬ブレただけのようにしか見えなかった。
バルタニアン王子のこの一瞬の動きを見て、エーリッヒ大臣もラングスタイン将軍も、フラウリーデ女王が何故自分達ではなくサリナス・コーリン大佐を審判に選んだかを悟った。二人は今まで、バルタニアン王子の稽古を多く見てきていたが、王子の瞬間移動は見たことがなかった。そして今回の審判にサリナス・コーリン大佐を指名した理由を悟った。
バルタニアン王子は瞬間転移が可能なのだと、、、。
空を切ったフローナラインの剣ではあったが、その剣は直ちに反転しさらに一歩踏み込見ながら同時に逆袈裟に切り上げた。しかし、今度もそこにいる筈の王子の身体は、やはりフローナラインの剣が通り過ぎる頃には剣の間合いの外に存在していた。
フローナラインはその王子の瞬間的に移動したその実像を未だつかむことができず、内心焦っていた。
「こんなことは、あってはならないこと、、、。あの間合いで自分の剣を躱すことは通常ありえないはずだ、、、」
バルタニアン王子の足の捌きは、フローナラインが全く初めて経験するものであった。少なくとも王子の剣からはそのような特殊な剣捌きを持っているとの印象を受けたことはない。
彼女の額から一筋の汗が流れ落ちた。
「 私に瞬間移動を2度も使わせた彼女は一体どれだけの実力を秘めているのだろうか? 」
そう考えた王子の額からも一筋の汗が流れ落ちた。場内のあちこちから再びた溜め息が漏れる。
「あの、足の捌きが噂に聞く瞬間的移動ではないだろうか?女王や、サリナス殿が得意とするという、、、」
そう考えると、フローナラインは焦燥感を覚えた。確実に捉えたはずの相手が切り込んだ瞬間にふっと消えてしまう。
「自分の勝機はどこに?」
再び彼女の額から一筋の汗が流れ落ちる。
「考えろ、考えろ、考えるんだ!!!そして王子の動きを目ではなくて、肌で感じて予測するのだ、、、」
フローナラインは、先程王子が瞬間移動したように感じたその場面を再現すべく、再び斜め上段に構え直し、王子目掛けて1歩踏み込みながら王子の肩口を目掛けて剣を降り下ろした。
王子の姿は先程と同じようにフッと掻き消えてしまったが、フローナラインは、王子の移動する瞬間を彼女の目ではなく、今度はその研ぎ澄まされた肌が直感していた。
「勝てなくても、相打ちには持っていけるかもしれない 」
そう考えると、少し心の余裕ができたのか、王子の動きが少しづつ読めるようになってきた。それでも、やはり未だ勝てる気はしない。
「こうなると、王子の移動先を正確に予測してそこに剣を振るしか方法は無い。
真上段から切り下ろせば王子は恐らく後ろに移動するはず、、、」
そのためには、自分の心を王子に読まれないようにする必要があった。
フローナラインは、斜め上段から斬り下ろすと見せかけ、振り下ろす瞬間に真上段に構え直し、大きく一歩踏み込みながら剣を降り下ろした。
しかし今度はバルタニアン王子が瞬間的に移動することなく一歩踏み込み、王子の剣は彼女の喉元で止まっていた。しかしその一方で彼女の剣は王子の頭上で同時に止まっていた。
この時点で、サリナス・コーリン大佐は二人の間に割って入り、試合を終了させた。
王子の見せた瞬間移動を明確に認識できたものは、女王とサリナスだけであった。フラウリーデ女王はこの二人に惜しみない拍手を送った。
「お母様!負けてしまいましたフローナライン嬢に、、、」
「強い人間は幾らでもいる。それが分かっただけで今日の試合は大収穫だったな!」
「彼女は今からもっともっと強くなる。サリナスが手解きすれば、やがては恐らく王国随一の剣の使い手となろう 」
女王は、エーリッヒ大臣、ラングスタイン将軍及びサリナスにフローナラインに剣技の仕上げを頼むことにした。
フラウリーデ女王は二人の模擬戦を見ながら、グレブリー公爵とマリンドルータの娘フローナラインを、バルタニアン王子の剣とすることを決めていた。
「フローナライン・リンネを、『 王子の剣 』にしようと思う後は宜しく頼む 」




