2−8 もう一人の卑弥呼
卑弥呼は、蔵書に記録されている世界での卑弥呼は呪術師と呼ばれ、まれに見る強大な力を持ち、邪馬台国を中心にして 大和国を支配していた存在ではないだろうかと考えていた。
その卑弥呼の呪術師としての能力は極めて強大で、どこの国からもひどく恐れられ、特に妖術を伴った強い攻撃能力は、大和国だけではなく、海を渡った別の大陸の多くの国からも恐れられていた。
その様に強大な能力と統治力を持った卑弥呼ではあったが、その桁違いの能力を持った卑弥呼でさえも避けられなかった運命が一つだけあったようである。
それは彼女が人間であったために年を経るごとに徐々に老いが出始め、やがて老衰で亡くなってしまったことであろう。
当時の一般の人間が50年程度の寿命だと仮定すると、百歳だと十分過ぎる程の長命だった。それは卑弥呼の血を濃く引く子供に恵まれなかったことも理由の一つかもしれない。
皮肉にも卑弥呼亡き後邪馬台国を統治するだけの妖力を持った後継者は、とうとう出現しないまま、新たな統治者が出現し始め、百年もしない内に邪馬台国のことについては、その存在すら架空の伝説のように語り継がれてきたようである。
卑弥呼が死亡した途端邪馬台国の統治能力は急速に衰退し、結局は他の部族に取って代わられ、新しい時代を迎えるになった。新しい統治者は神格化された卑弥呼のような統治者の再来を恐れ、彼女の存在そのもを示す記録そのものを抹殺させてしまった可能性が考えられた。
その梵書の難を逃れた蔵書がトライトロン王国に存在している 『 東に日出る国 』であったのかもしれない。その蔵書では、卑弥呼の崩御にあたっては召使いや奴婢など百余名が一緒に生きたまま埋葬されたとなっている。しかし、卑弥呼の埋葬されたといわれる古墳はその後も遂に発見されることはなかった。
一つの可能性として、大和国のどこかにある絶海の孤島に埋葬もしくは幽閉されたという説も存在している。それでもこれは卑弥呼の死を容認し切れ無かった家来達が記録した唯一の希望であったのかもしれない。
「これは、わしの想像じゃが強力な妖術を使えたという卑弥呼の復活を恐れて、人間の近づけない絶海の孤島に封じ込められたのではないかとも思うておる 」
「それでは、お義姉様は今でもその卑弥呼女王は生きているとお考えなのですか?」
「そうよのう!生きていれば、一度是非会って見たいものじゃが、、、」
「その様な壮大な話を聞くと、私でも是非会ってみたいと思います 」
その時間軸で生きていた卑弥呼は火や水や風を自在に操ることできたという。その妖術を駆使して周辺諸国を平定できる程の強大な力を持ちながら生きてきた卑弥呼ですらも老衰だけは克服できなかったというのは皮肉な話である。
普通であれば、誰しも老衰には勝てないと考えてしまうが、フラウ王女にとっては、現に目の前というか、自分の脳内に千歳以上の卑弥呼が憑依している事実を考えると、フラウの脳はその矛盾点を克服できずにいた。
「しかし、あの卑弥呼が本当に不死の能力を持っていたと仮定したら、わしの存在は無かった可能性も出てくるな!そこら辺になると、わしも今ひとつよく理解出来ていない状況でいるのじゃが、、、」
卑弥呼は理解できないと表現したものの、これまでのやり取りで蔵書に記載の邪馬台国の卑弥呼は、実際には100歳では死んではおらず、その蔵書に記載されていた内容は眉唾ではないかとも考えていた。
フラウ王女自身も、現に千歳以上の卑弥呼を知っているのである。
その蔵書の中には卑弥呼が幽閉されたことに関して申し訳ない程度にたった一行でしか記載されていないことを考えると、卑弥呼女王が絶海の孤島に幽閉されたというくだりの部分がむしろ真実に近いのではないかとも思えていた。
いやフラウ王女はそう思いたかった。
蔵書の中で記録されていた卑弥呼が亡くなったその後には、多くの周辺諸国が統一や滅亡を何回も何回も繰り返し、千年かけてやっと『 日の本 』という国に生まれ変わり、その後は長い長い平和な時代が続くことになる。
何れにしても、卑弥呼はその時点で大和国の歴史から完全に忘れ去られることとなった。
「『 東に日出る国 』の名前から考えて、その後の呼び名である『 日の本 』は同じ国と考えても良いじゃろう 」
「ところで、お義姉様?お義姉様はどうして不死の能力を身につけられたのでしょうか 」
卑弥呼自身もその件に関しては明確な答えは持っていないようで、卑弥呼の血を濃く引く巫女が中々生まれなかったことが関係しているのやもとは思いながらも、やはりもっと別の目的を持って長く生かされているのではと考えていた。
「やはり、能力を持つ後継者が生まれなかったので、神様がお義姉様を不死の存在にしたと?」
もしそれが事実だと仮定すると、蔵書に書かれている卑弥呼の場合は彼女の持つ妖力があまりにも強過ぎた為、歴史が不死の卑弥呼を作ることを拒んだのやも知れないとも解釈できる。
何れにしても今となれば、すべてが憶測でしか無い。
「強すぎる能(妖)力が卑弥呼の寿命を縮めたということもあり得るのでしょうか 」
「ああ!そう考えると卑弥呼が生きたまま絶海の孤島に幽閉されてしまったというもう一つの仮説の可能性が妙に真実味を帯びてくるのう 」
・・・・・・・!
卑弥呼はむしろそうあって欲しいと考えたかったし、その方がより真実に近いような気もしていた。
フラウ王女は、以前卑弥呼が不老の能力を授けようか問うて来たことを思い出しながら 複雑な気持ちで卑弥呼の話を聞いていた。
その身に過ぎる能力をフラウが持つことで、本来予測されていた歴史の筋書きが無理に書き換えられた場合、歴史はそれを自動修正するため、別の強大な力を働らかせる羽目になってしまうのかもしれなかった。
そういう可能性を漠然と理解し、フラウは恐怖した。
不老から得られる種々の良い面、対して多くの負の面を総合的に考えた場合、今現在十分に若いフラウにとって、不老から得られる魅力はそれ程貴重なものではないようにも感じられた。
とは言え、もしフラウ王女が卑弥呼に出会うことが無ければ、このような考えを抱くことも無かっただろう。一方で、自分がハザン帝国の侵略に一人だけでは恐らく対応することは不可能だったはずである。
やはり卑弥呼と出会ったことで自分の運命は良い方向に大きく変わって来ていると感じた。
フラウ王女がもし仮りにハザン帝国で生を受け、そしてハザン帝国の教育だけを受けて大人になり、たまたま卑弥呼と出会い、不死の能力を授けられることを持ちかけられた場合、彼女は迷わず受け入れたかもしれないと思ってしまう。
そう考えると、この問題の大きさや複雑さに驚愕してしまうのだった。
周囲の環境がフラウ王女に不死の運命を求めてきた場合、不死を望む野心が優先し、『 不死 』という言葉の甘い囁きを拒むことはできないだろうと思えるのだった。
かりにそうだと仮定しても、卑弥呼がそのような単純なフラウ王女の下心を見破ることができないはずも無かったが、、、。
「良い、良い、フラウは若い故、未だ考える時間は幾らでもある。じっくりと考えれば良い。まあ、不死なんてものは自分から望むものではなくて、歴史がフラウにそれを求めて来た時に考えれば良い 」
確かに不死と言う言葉はこの上も無く魅力的な言葉である。しかし、フラウが卑弥呼女王から感じるのは、いつ迄もいつまでも繰り返される悲劇と喜び。それが、何回も何回も無限に繰り返されて行くわけである。
フラウ王女には卑弥呼女王の中に今残っているものは悲しみや寂しさだけのような気がして涙した。
「そう、お主が今感じてくれた私に対する悲しみが今の私の生きる力になっている 」
実際、人生に全く予定になかった自分と同じ血液を持ったフラウ王女が突然に自分の前に現れて、一番喜んでいたのは卑弥呼自身であった。
実際、気も遠くなるような退屈な長すぎる卑弥呼の人生にフラウ王女はとても楽しい波紋を引き起こしてくれていた。
フラウ王女は卑弥呼のその言葉に、彼女の中にある底知れない深い孤独を感じ取って呆然としていた。
「お姉様、私は生きている限りお姉様の本当の妹フラウリーデでございます。これまでのように一杯いっぱい甘えさせてください 」
「有難う、優しいいのうフラウ!もっともっとわがままを言うてわしを困らせるが良い。大切な義妹、大抵のことなら聞いてやるぞ 」




