12−22 最終決戦(シュタインホフ・ガーナ将軍の首)
サリナス・コーリン大佐の只今戻りましたというくぐもった声が聞こえ、その声にバルタニアン王子と卑弥呼は振り返った。
サリナスのその手にはシュタインホフ将軍の首が握れていた。その醜く爛れた顔半分、それが間違いなくシュタインホフ・ガーナ将軍本人であることを証明していた。
「サリナス!済まなかった。嫌な仕事をさせてしまった 」
詫びるバルタニアン王子に、サリナスは優しく問題ないと微笑みかけた。
ハザン帝国の諜報員をしていた頃、意に沿わず何人かの良人を殺めた経験もあるサリナスにとって、戦争犯罪人の首を落とすことなど、何の躊躇もなかった。むしろ、そのことでこの戦が早期に解決するのであれば、全く迷う使命ではなかった。
「よし、それでは最前線に乗り込むか?今頃はゼークスト侯爵家の守備兵達が投降を勧める説得をし始めているはずだ 」
バルタニアン王子が予想したように、戦場はあれ以来ゼークスト侯爵・貴族叛乱軍からの空気砲は発射されていない。
また、ここにシュタインホフガーナ将軍代行の信念の欠点が浮き彫りになっていた。常にナンバー2不要論を掲げていたシュタインホフには彼が信頼して任せていた副官が存在していなかった。
もちろん、敵軍からの攻撃が中断したことで、グレブリー公爵は、あえて攻撃のための手を振り下ろすことはしなかった。
徐々に静かになりつつある戦場でバルタニアン王子は、『もう戦争は終わった。今回の戦を引き起こした張本人は、王国・貴族連合軍総大将のバルタニアンが討ち取った 』とシュタインホフの首を高々と掲げた。
「此処で手を引けば、私がフラウリーデ女王からお前達の身の安全の保証を確実に取り付ける。トライトロン王国第一王子バルタニアンの名において、確と約束する 」
しばらく兵士達の逡巡する間があったが、すかさずシュトライト・ゼークスト侯爵が大声で、『 私の命と引き換えでも女王様に嘆願する 』と発したのを機に、そこかしこから武器を投げ出す音が聞こえてきた。
「終わったようじゃな!」
「終わりましたね!」
戦場のリンネ侯爵領の王都貴族連合総大将のグレブリー公爵も時を同じくして、『 如何やら、バルタニアン王子がこの戦を終わらせてくれたようだな 』とつぶやいた。
「それにしても、『 龍神の騎士姫 』以上の強者がたった今このトライトロン王国に誕生してしまった 」
とグレブリー・リンネ公爵が言ったとか、言わなかったとか。
「サリナス!このことをすぐにフラウ女王に報告してくれ。わしが行っても良いが、サリナスが報告してくれる方が喜ぶじゃろうて、、、」
「それでは、遠距離転移魔法を使っても宜しいでしょうか 」
「フフフ!やはりお主はその術を使えるのじゃな 」
「フラウお義姉様とお話ししている内に使えるようになりました 」
サリナスはそう言い残すと極短い呪文と共に忽然とその姿は消えてしまった。サリナスは、目に見える範囲の転移であれば呪文を必要としない。だがこの戦場とトライトロン王国の玉座の間は離れており、呪文なしては転移不可能である。
遠距離の見えない場所への転移には呪文が必要である。だが、彼女は決して誰からか習ったわけでもないのに、その状況になれば、呪文が口をついて出てくる。
「おう、おう我が末裔は頼もしい限りじゃのう 」
とつぶいた卑弥呼の声は恐らくサリナスの耳には届かなかったであろう。
数瞬後、サリナス・コーリン大佐の姿は、トライトロン王城の玉座の間、フラウリーデ女王の目も前に徐々に輪郭を持ちながらその姿を形成し始めた。 ちろん戦況については、邪馬台国の卑弥呼との思念のやりとりで既に知っていた。それでも女王は、『 女王の剣 』サリナス・コーリンが報告にくると確信していた。
「サリナス!嫌な仕事をさせてしまった 」
バルタニアン王子がサリナス・コーリンにかけた言葉と全く同じ内容で、同じトーンでかけられたフラウリーデ女王の言葉に、サリナス・コーリンは目頭が熱くなってしまった。
この時ほどサリナスがトライトロン王国の臣下となって良かったと感じたことはなかった。彼女は流れようとする涙を必死にこらえ、『 ゼークスト侯爵・貴族連合軍の叛乱バルタニアン王子が完全に鎮圧しました 』と報告した。
それから半刻くらい経って、玉座の間の空気が蜃気楼のように揺らいだかと思うと、バルタニアン王子を伴った卑弥呼が実体化し始めた。
「バルタニアン!ご苦労であった 」
「卑弥呼殿!バルタニアン王子の初戦、見事勝利で飾ってもらえてありがとうございました」
「いや、いや!今回はわしの出番は全く無かった。バルタニアンとサリナスとグレブリーで、見事にやってのけたぞ!これで最後になってくれると助かるがな 」
卑弥呼の高笑いが、玉座の間に響いた。




