12−17 最終決戦(女王の決断)
フラウリーデ女王は、バルタニアン王子の初陣を口に出したものの、心のどこかでは、息子を戦地に赴かせたくないとの思いがあった。
自分自身は破天荒な人生を歩いてきているのだが、いざ息子を戦地に赴かせるとなるとやはり親としての情の方が優先してくる。それはそれで致し方ないことなのであろう。
「いつ動きましょうか?」
囁くようなサリナス・コーリン大佐の声に少し驚いたように女王は、サリナスを見つめながらつぶやいた。
「そうだな、具体的に動き始めるのはゼークスト侯爵・貴族叛乱軍がリンネ公爵領との境界線に集まり始めてからと考えている。ゼークスト侯爵軍がリンネ公爵領目指して動き始めたのを確認できた時点でダナン砦の別働隊を動かすつもりだ 」
・・・・・・・!
「途中でダナン砦の斥候兵とバルタニアン王子を合流させてくれ。サリナス!バルタニアンのこと頼んだぞ 」
「おう、勿論わしも一緒に行くぞ。可愛い甥っ子だからな 」
「有難うございます。バルタニアンのこと宜しくお願いします 」
自分の息子のバルタニアン王子が戦場に赴くことに関して、今程不安を感じたことはなかった。戦略・戦術共に今回の叛乱鎮圧に関しては漏れは皆無と確信できている。にもかかわらず、サリナスの言葉の一つ一つに女王の体が反応してしまう。
義姉卑弥呼と『 女王の剣 』サリナス・コーリン大佐がついている限り、万が一のこともあり得ないと確信できているのだが、やはり不安は拭えない。
自分が戦闘に赴く時の両親の心の葛藤を今更ながらにフラウ女王も感じていた。
母や父も自分が戦闘に出るたびにこのような不安を抱えながら見送っていたのだろうと思うと、その時の両親の胸を締め付けられるような漠然とした不安を自分も感じてしまうのであった。
そしてフラウ女王は思っていた。自分が邪馬台国の卑弥呼女王に出会っていなければ、こうしてバルタニアン王子が王国の代表として先陣を任せることは永久になかっただろう。いや、バルタニアンとヒルデガルドの二人の子供さえも設けることが叶わなかったはずである。
フラウリーデ女王は、大粒の涙を流しながら卑弥呼に抱きついていた。
もうこの頃、フラウ女王は35歳。見た目は卑弥呼よりも遥かに落ち着いた大人の女性に見える。
邪馬台国の卑弥呼は、出会った頃と同じ二十歳過ぎの若く美しいままの姿だった。
最近では、フラウリーデ女王は邪馬台国の卑弥呼は長命ではなく不死者ではないかとの確信を持つに至っていた。彼女は不死者というよりむしろ神か神に近しい存在であろうとも考えていた。
トライトロン王国の最大の危機の時フラウ女王は、無謀にも王城の近くの秘密の洞窟に存在している五芒星の魔法陣の秘密を解明し見知らぬ国邪馬台国へ転移した頃の無謀で必死であった自分を思い出していた。
あの時の彼女の年齢は18才。圧倒的な兵力を持つハザン帝国からの宣戦布告を受けて、やむを得ない状況であったとしても、その時の彼女の決断がその後のトライトロン王国の未来を決めたといっても決して過言ではなかった。
『 もしあの時、現在の二人の子持ちである自分であれば、あの決断ができたのであろうか?』
人生に『 もし 』はあり得ないと思いながらも、その場合、何となく家族を守ることを優先し、家族の安全と引き換えに、結果としてハザン帝国の軍門に降ってしまったのではないかと考えた。
あれから、三十数年が経過した。その間に彼女はこの世界の中で最大・最強の存在となっていたが、両親や子供達を思う気持ちはむしろ徐々に強くなってきているような気がしていた。
「もう無鉄砲ばかりではいられない!」
彼女は独り言のようにつぶやいた。
だが、考えてみれば強大な王国になったとはいえ、内輪では貴族軍の反感を買っていることは疑いようも無い。先の氾濫で中途半端に情けをかけた自分の決断が、再び貴族連合軍の叛乱を引き起こしてしまったのは明確な事実である。
前回の叛乱時において、もし叛乱軍に対し一切の情けもかけず根絶やしにしていれば、このような叛乱が再び起こることはなかったはずである。
今回の叛乱勃発により、本来死ななくてもよかった兵士や傭兵、それに無辜の民の命が脅かされることは無かったかもしれないといやでも考えてしまう。
そして自分に言い聞かせた。まだ勝ってもいないのに何故弱気になっているのだと、、、。長子バルタニアン王子の初陣という不安が彼女を弱気にさせていたのかもしれない。
「サリナス!バルタニアン王子をここに呼んでくれないか?」
『 ハッ!』という返事を残して、その場から影のようにサリナス・コーリン大佐は姿を消してしまった。
邪馬台国の卑弥呼は、フラウリーデ女王の心の動きを全て読み取っていたのか少し、ため息まじりに、自分は娘天翔女王を一度も戦場に赴かせる必要は無かった。彼女には九郎兵衛がついていてくれたから、、、と呟いた。
確かに、卑弥呼が戦場に赴くことがなくなってからは、九郎兵衛がその役を全部引き受けてくれていた。
九郎兵衛は、自身のことに関して卑弥呼や天翔女王にその詳細を話すことはしなかったが、忍びの一族の血を色濃く引いている一人であることはほぼ間違いないと卑弥呼は考えていた。
サリナス・コーリンと相並ぶかあるいはそれ以上の能力を有していた。そのため、天翔女王を戦場に赴かせる必要はなかった。
もちろん、天翔女王が戦場に赴けば、九郎兵衛以上の能力で、敵を打ち負かすことは可能であったかもしれないが、幸いなことに、これまでのところ邪馬台国と真っ向から戦おうなどと思う種族はまだ出てきていない。
「バルタニアン!入ります 」
の若い透き通った声が玉座の間に響いた。




