表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
410/427

12−13 最終戦争(1)始まり

 時は三年前に(さかの)る。

 ここはゼークスト侯爵家の秘密の地下研究所。この研究所の実際の持ち主はゼークスト侯爵家の次男ナダトール・ゼークストであった。


 彼は小さい頃から、錬金術(れんきんじゅつ)に興味を抱いており、特に爆発物の研究を長年続けてきていた。


 トライトロン王国は、南側に乾燥砂漠を有する地形である。そのため、広大な果樹林と平野が広がっており、その更に北側には山脈が(そび)え立っていた。その山脈では、比較的雨の少ない場所が多く存在していて、そのところどころでは硝石(しょうせき)が天然の鉱物として手に入れやすい環境にあった。


 ナダトール・ゼークストは幼少の頃、その天然の硝石を使用し火薬の原型を発明することに成功していた。だが、彼の研究心はその火薬の爆発力に満足できなかった。実際には彼の発明した火薬は、かつてハザン帝国の忍びの集団が、目眩(めくらま)し程度に使用していた焙烙玉(ほうろくだま)と同程度の爆発力であった。


 実際にその火薬を用いていくつかの実験を重ねていたが、彼の完成した焙烙玉は、投擲弾で人の腕力に頼っていたため遠距離攻撃用には全く向いていなかった。それでも爆薬を知らない戦争相手であれば、かなり有用な兵器になったと言えるかもしれない。

 しかし、ナダトールは根っからの錬金術師であったため、その使用法を発展させるためにアイデアを凝らすことをしないで、新たなより強力な爆発物の研究開発を優先した。

 今では、その初期に彼により作られた火薬は彼の研究所の飾り棚の一番古い開発品の置かれている場所に保管されていた。


 その当時、誰もが全く考えが及んでいない分野へ研究者ナダトールはのめり込んでいた。それでもにわかに強力な爆発物が突然発見されるわけもなく、伝説的に語り継がれている錬金術師達の残していた書物を(あさ)っても、特に参考になるような事例は発見できなかった。


 もしその時、彼が爆発物の開発に切迫性があったのであれば、火薬調整法の見直しを余儀なくされ、その結果として初期の発明品より強力な火薬の発明にはたどり着いていた可能性は高い。


 緊急対応が必要としなかった分、彼は発想を少し火薬から別の方向に向けることができていた。彼は火薬の発明の折、爆発物の生成には、硝石の中に存在している化合物がその鍵を握っていることを確信していた。


 そのため、彼は硝石を強い酸性の液体に溶かし込み、後に種々の爆発物製造の原料となる濃度の高い硝酸を作り上げていた。その濃度が高くなった硝酸を用い、爆発物を作ることに挑戦していた。


 だが、恐らく爆発物生成の鍵となる硝酸にはたどり着いたものの、その硝酸をどう扱えば爆発物が生成できるのかの段階で、完全に行き詰まってしまった。


 もう、彼は二日間ほとんど全く寝ていなかった。この硝酸こそが強力な爆発物の原料になると彼の心の中に(ささや)きかける何かがあった。だが、現実にはその先の工程が全く浮かんでこなかった。あきらめかけ睡眠不足でフラフラする足を引きずりながら彼は自分の研究室を出た。


 自分がふらついていることすら、自覚できないほど疲れ切っていた彼は、自分の作った硝酸の入った容器をひっくり返したことに気が付いていなかった。彼の作った硝酸は明かり取り用に置かれていた獣脂用の皿にたまたまこぼれてしまったことにも気がつかないで、自分の部屋に戻っていった。


 翌日、実験が一向に進まないことに失望しながら重い足を引きずって研究所へと向かった。そこで彼が見たものは、苦労して作り上げた硝酸が獣脂の入った皿にぶちまけられた光景であった。


 彼は、硝酸を作り上げた長い工程を思い浮かべながら、愕然(がくぜん)とした。


 そして、彼はその硝酸と獣脂が溶け混ざった液体の中に硝酸の入っていた容器をやけくそ気味に叩きつけてしまった。その途端テーブルの上にあった容器は、ドカーンと大きな音を立て実験室を揺るがせ、実験用のテーブルとその周りに置いてあった全ての器具を吹き飛ばしてしまった。


 彼にとって幸いだったのは、昨日までの疲れが全く取れていなかったため、容器を叩きつけた瞬間自分自身で倒れ込んでしまったことであろう。硬い実験テーブルにさえぎられ、目立った怪我や火傷はなかった。

 突然の巨大な爆発音と実験室の壊れる音を聞きつけた研究者達が集まってきた。そこで彼らが見たのは、完全に破壊された実験室と、(すす)に汚れて倒れていたナダトールの姿だった。あちこちに軽い火傷とかすり傷はあるものの、命には別状なさそうに見えた。


 このような世界のあり方を大きく変えてしまうような発見は、時折いくつかの偶然が重なって引き起こされることがある。


 あの日、ナダトールが疲れていなかったら実験の終わった容器などは綺麗に整理していたはずである。そうなると間違って自分の作り上げた硝酸がさらに間違って獣脂の入った皿に混入することは絶対にありえなかったであろう。


 また彼が、翌日まで疲れが残っていなかったら、爆発の寸前に倒れ込むことはなかったであろう。もし、彼がその時の爆風を直接受けていたら、二度と実験を続けられない体になっていたか、最悪死んでしまった可能性が高い。


 もしそのような条件下であった場合、その爆発物の発見は五十年あるいはさらに百年先になってしまったかもしれない。


 何れにしても、この世界を大きく変えてしまう爆薬ニトログリセリンは、偶然に作りあげられてしまった。


 しかも発見された時期が悪かった。戦争の最中に発見された強力な爆薬は、当然のことながら他の用途を研究するまでもなく、戦争用の武器として日の目を見ることになる。

 この時点では、トライトロン王国の所有している火薬よりはかなり強力なものであった。


 当初この爆薬を発見した時、ゼークスト公爵家のナダトールは別の用途を考えていた。その爆薬を使うことで山の岩を爆破し、将来的には農地や畑の拡張に利用できるのではないかと、、、。


 丁度その頃、ゼークスト公爵家とトライトロン王朝の王家との対立が少しづつ表面化しつつあった。次男の爆薬の開発成功を知った先の内乱で死んでしまったシュトクハウゼン・ゼークスト公爵は、戦争への応用を強制的に命じていた。


 彼は、次男のこの発明により、長年の夢であった打倒トライトロン王家の夢が大きく一歩も二歩も近づいてきた気がしていた。


 こうして発明者の願いとは別の方向で、その爆薬は別の役目を背負ってしまうことになってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ