2−7 歴史の中の卑弥呼
ハザン帝国との戦闘に突入するまでにはもう少し時間的余裕があると考えたのか、卑弥呼はトライトロン王国の近い未来に何が起こるかについて、自分が占ってみるといい出した。
卑弥呼はその前にと前置きすると、大和国の神話時代に神との交信に使われていたといわれている神代の言葉をフラウ王女の頭の中に少しづつ流し込んできた。
卑弥呼から思念という形で頭の中に流し込まれると、座学が苦手云々の話では無かった。フラウ王女の頭を強引にこじ開け、次々と流れ込んでくる摩訶不思議な言語が自分では全く理解出来ていないはずなのに意味を持ちながら浸透し、やがてそれはフラウ王女の脳内で、あたかも以前から自分で習得していた知識のように定着し始めた。
しばらくの沈黙があって、
” どうやら終わった様じゃな!”
との卑弥呼の呼び声にフラウは我に返ったが、実際に神と交信の出来る言葉が自分の頭の中に入って来たという実感はない。
ひょっとしたら、これから自分も神様と交信で切るかもと思うと、少しの期待とそのことが齎らすかもしれない大きな代償に不安を掻き立てられた。
「心配するでない!今時、神と交信できる者など誰もいないわ。わしだって、神様の声など直接には聞いたこともない 」
卑弥呼は、もう神は邪馬台国のある世界から去ってしまい、やっとその残留思念が感じられるだけだと語った。
「えっ、神様はもういないのですか?信仰する神様の種類は違うでしょうけど、トライトロン王国でも神様は存在すると思われていますが、、、」
卑弥呼は、ちょっと不味かったかなという風に、少し口ごもりながら、邪馬台国での話だと前置きした。大和国では未だ神の残留思念だけがわずかながら残っており、その為、昔神が使っていた思われる言葉で呪文を唱え、それを強く念じることでその願いが具現化されてくるのだと答えた。
「ところで、お義姉様!蔵書館でのことでずっと気になっていたのですが、聞いて良いものかどうか? でも思い切って聞きたいのですが、、、」
「珍しく歯切れが悪いのう!義妹よ。良い良い。お主が聞きたいことの大方は分かっておる。蔵書の中に書かれていた卑弥呼がその後、どういう運命をたどったかということなのじゃろう 」
卑弥呼の答えはフラウ王女にも何となく分かっているような気がしていたのだが、自分の世界ではそういう概念がが全く存在しないところから、卑弥呼から直接聞きたかったのである。
「まあ、わしの今回のトライトロン王国訪問目的の一部はそのことじゃったからのう。そうはいえ、主な目的は、可愛い義妹をこのくだらぬ戦で死なせるわけにはいかないというのが一番なのじゃが、、、」
・・・・・・・!
「何せ、千年以上もかけてやっと見つけることができた、わしと同じ血が流れているかけがえの無い義妹じゃからのう 」
卑弥呼は、
” わしの話を聞くとフラウは多少混乱するかも知れないが、どうせいつかは知ることになるから、むしろ戦が始まる前の方が良いだろうと ”
と言いながら再び語り始めた。
「あの邪馬台国の蔵書の中の卑弥呼はな、女王として百歳までぐらい生きたようじゃの。というか、百歳で死んでしまったと記述されていた 」
蔵書の中の卑弥呼は百歳位で死亡したという卑弥呼の話に、フラウは唖然としていた。その歴史書に記載されている卑弥呼も、自分が出会った卑弥呼と同じ様に不死か或いは極めて長命だと思い込んでしまっていたからだ。
以前卑弥呼は、
” 人の歩む時間の中にはいくつかの極めて大きな分岐路があり、極めて重大な選択の決断を迫られ、どちらかの道を選んだとした場合、別の時間軸ではもう一人の自分がもう一方の道を選択している可能性がある ”
とフラウ王女に話したことがあった。
卑弥呼の言わんとすることは、おそらく無限に存在する時間軸の中のたった一つの事象が、あの蔵書の中に記載されている卑弥呼なのであろうということであった。その考え方からすると、並行世界のどこかあるいは別の世界、また別の時間軸においては別の生き方をしている複数の卑弥呼が存在していることになる。
「フラウにはわしが、1,000年以上も前に死んでいて、今、邪馬台国に存在しているわしは幽霊にでも見えているのか?」
「お義姉様が幽霊みたいな存在など一度も考えたことはありません。間違いなく現実を生きておられる卑弥呼お義姉様です 」
卑弥呼は、かつて『 洞窟を発見したフラウと発見しなかったフラウの話 』のことをフラウ王女にしたことがある。卑弥呼のその考えからすると、いくつか存在する選択肢の中のどれか一つを選び取った邪馬台国の卑弥呼があの蔵書の中に書されているのだと考えていた。
フラウ王女は、もし卑弥呼の考えている通りだと仮定すると、そこに千年かそれ以上の誤差があることについては説明がつかないように感じていた。そして何故そのような誤差が生じてしまっていることに疑問に感じた。
「そこに千年程の時間の差があるのかについてまではわしにもよく分からないが、千年程度の年月は不死の神様にとっては誤差範囲なのじゃろう 」
卑弥呼のその返答に釈然としなかいフラウ王女だったが、もともと彼女が生きてきた経験からは邪馬台国の卑弥呼と出会えたことそれ自体、全く理解できないことであることから考えると、恐らく当分答えは得られないだろうとあきらめるしかなかった。




