12−7 バルタニアン王子(1)
先代のラウマイヤーハウト・リンネ公爵から家督を攘夷されたグレブリー・リンネ公爵の領地経営の手腕は常人の及ぶところではなかった。そのため既に隠居中のラウマイヤーハウト元公爵も安心して領地の統治は全て娘婿に任せきって、孫守りに精を出していた。
養女のマリーンドルータ・リンネは、結婚・出産後も、『 女王の剣 』としてフラウリーデ女王に仕えていた。
リンネ公爵家も例に漏れず産業革命の大きな恩恵を受けていた。特に八カ国を結ぶ蒸気機関車の主要駅の一つチソン駅は公爵領内にあった。そのため、他の貴族領と比較すると桁違いの、小さな1国が享受できるかどうかというほどの利益を受けていた。
そのため、彼が公爵になって最初に手をつけた仕事が、領民の税率を一律に引き下げることだった。そればかりではなく、大まかな領民の収入に応じた税額を定めた。この租税徴収の方法は、ハザン共和国においては設立当初から行われていた税制であるが、グレブリー公爵はそれを真似したわけではなく、彼が領民への公平性などを考えた上で、自分の領内だけに適用していた。
この税の徴収方法は、後に王国内の各貴族家にも応用されることになった。
収益に応じた課税率の適用は、ごく一部の貴族家にとっては負担率が高くなり受け入れにくいかとも考えられたが、収益が多くなると租税額が高くなるのは確かであるが、その貴族家の収益はそれにも増して多くなることから、全体を通して大きな不平もなく受け入れられているようであった。
彼の考えた租税徴収の方法は、奇しくもバルタニアン王子とヒルデガルド王子が後にハザン共和国から学んできた叛乱貴族への徴税方法とかなり似通った部分があった。
その点、グレブリー・リンネ公爵はただ単に『 ダナン砦の英雄 』との二つ名だけの猛者ではなく、領地経営手腕も並外れていたということになる。
一方、市民は稼げば稼ぐほど、その税額は高くなるものの実収入も大きくなるため、そのことが各貴族領内全般的な活力を産み出していた。
また、一方で低所得者層は税の一部が免除された。そのことによって徐々に領内の貧困者の数は減少していった。
そして、これまでは積極的な購買層としては期待できなかった彼らであったが、徐々にある程度の購買が期待できるようになってき始めた。
引退したラウマイヤー・リンネ公爵も娘婿の領地経営手腕には目を細めて見ていた。
「如何したのだ、グレブリー!少し浮かれている声だが、何か良いことでもあったのか?」
「いえ!あまり喜ぶべき話ではありませんが、シュトライト・ゼークス侯爵家に再び叛乱の兆しが、、、その最初の標的は、どうも我がリンネ公爵家のようで、、、」
「しかし、シュトライト侯爵はたまに見かけるが、叛乱を画策できるほどの覇気のある人間には見えなかったのだがな、、、」
「これは私の推測ですが、先の敗戦処理時の首実検で提供されたシュタインホフ・ガーナは実は替え玉で、今では侯爵家の実権を握っており、再び叛乱の準備を始めている可能性が高いとみています 」
・・・・・・・!
「もしそれが事実とすると、叛乱の勃発は恐らくそう遠くはないかと、、、 」
「やはりな!それにしても先の叛乱で『 二度はないぞ 』と念を押していたが、性懲りも無く再び謀反を企てるとは、、、」
「確かにその通りでしたな!しかし考えようによっては、王国の大改革のチャンスかとも考えられます。これを機に災いの種を完全に刈りとり、王子達のために後顧の憂を取り払っておくには願ってもないことでは、、、」
「鎮圧はそう難しくはないと見ているが、先の叛乱においては王国の産業革命はハザン共和国に大きく先を越されてしまった。私自身は出来ればもうしばらくは産業革命に傾注したいと思っていたのだが、、、」
「私は、この公爵領内で蠢いているゼークスト侯爵家の諜報員を撹乱するために領内で馬鹿殿役を演じ、派手に遊び回り、詳細な情報収集をと考えています 」
・・・・・・・!
「確かなことが分かり次第、改めて女王に報告に上がります 」
「悪いな!宜しく頼む。必要ならサリナス、トライト、リモデールに手伝わせるが、、、」
「現段階では、私一人の方がむしろ動き易いかと?」
「分かった。私も前後策を考えておくことにしよう 」
ゼークスト侯爵家の再びの叛乱勃発の可能性について、フラウ女王は全く考えていなかった訳ではない。先の叛乱終息時のシュタインホフ将軍の首実検で、サリナス同様にその顔が潰されていたことに、若干の違和感を感じていたのも確かである。
こういう嫌な予感はえてして的中するものである。
この時点で、フラウリーデ女王はグレブリー公爵が言っているようにシュタインホフ・ガーナ将軍は生きているであろうことをほぼ確信するに至った。
「サリナス・コーリン大佐!」
「はっ!後ろに 」
女王の前に突然姿を見せた膝をついたサリナス・コーリンは相変わらず神出鬼没だ。
しかし、サリナス大佐が邪馬台国の卑弥呼のどこかの時点でのその末裔だと考えると、フラウリーデ女王の感情をいち早く察知し、女王の前に瞬間移動することなどさほど不思議ではなかった。
卑弥呼自身はフラウリーデが王女時代に、自分の年齢は千歳以上だということを明かしているが、フラウリーデ女王自身はこの頃になると、それすらも眉唾物だと思い始めていた。一千年、いや五千年それとも1万年以上生きているのではないかとすら思えてならなかった。
「グレブリー公爵から、ゼークスト侯爵家のシュタインホフ将軍が生きていて、再び叛乱を画策し始めた可能性があるらしいと聞いたが、、、」
「はい、私も丁度そのことに関して女王様に報告に上がるところでした 」
「ということは、ほぼ確実な情報ということだな。またまた、厄介な時に思い立ってくれたものだな 」
フラウリーデ女王はそのような感想を述べたが、サリナス大佐は、バルタニアン王子に攘夷した後ではなく、フラウリーデ女王自身が統治しているこの時期でむしろ良かったのではないかと考えていた。
元々、サリナス・コーリン大佐は多くの戦乱の世を渡り歩いてきた元『 忍びの者 』であるが故に、戦場や領内の騒乱時こそが自分の能力を発揮できる場所である。かといって、それは彼女が戦好きだというのとは異なる。
しかし、それが売られた喧嘩で、大義名分があるのならば、何の躊躇も示さず相手を一気に殲滅してしまうであろう。
「サリナスの考えているように私の代で発生した造反貴族の鎮圧をバルタニアン王子に任せるのも、、、
そうは言え、中途半端に私が処理してしまうと王子の代に再び戦争が起こることになるであろうし、王子の存在を示しておく必要があるかもな、、、!」
「やはりバルタニアン王子に叛乱軍の鎮圧を任せるおつもりなのですか?」
「私の初陣は確か今の王子と同じ15才の時であった。母から『 神剣シングレート 』を譲り受けてな、、、 」
バルタニアン王子の歳は、フラウの初陣の時と同じ15才である。その時点ではフラウ王女は未だ邪馬台国の卑弥呼女王とは出会ってはいなかった。
しかし、フラウ王女がバルタニアン王子を妊娠した頃には、フラウの脳内の一部を卑弥呼の思念が占めていた。そのためか、双子の兄妹は1才の頃から常人ではない才能を発揮し始めており、15才の今ではその能力を完全に覚醒させていた。
邪馬台国の卑弥呼の曾曾・・・・・孫の天翔女王が産んだ姫巫女と同様に幼くしてその能力を覚醒させていたことになる。
そのこともあって、バルタニアン王子を初陣に出すことに関してはほとんど心配はしていなかった。ただ、これがフラウリーデ王女の初陣の時のように剣や槍での戦いであれば、全く何も心配する必要はなかったであろうが、今や戦争のあり方が全く変化してしまっていた。
その変化を齎した張本人は、不可抗力であったとしても他ならぬ自分であった。
いくら、王子が自分と同じ能力に目覚めていたとしても、いつ、どこから鉄砲の球が飛んでくるかはわからないし、大砲の玉が近くで爆発する可能性も否定できなかった。そのために自分と同じかあるいはそれ以上の能力を持つサリナス義妹と卑弥呼義姉にバルタニアン王子の警護を任せることにした。
「私は今回は戦場には出ないつもりだ。それでサリナスにバルタニアンが無事初陣を果たせるように警護してもらいたいが、勿論、義姉卑弥呼殿にもお願いしようとは思っている 」
「分かりました。女王様、いえ義姉様のその依頼確かに引き受けました。
それで、女王様は?」
「状況次第では介入せざるを得なくなるかもしれないが、可能な限り産業革命の推進に当たるつもりだ 」
「久しぶりに卑弥呼お義姉様に会えるのですね。勇気百倍です 」
「フフフ!警護の心配より卑弥呼殿に会えるのが楽しそうだな 」
「邪馬台国の卑弥呼殿は、義姉様というより私にとっては母上みたいな方ですから、、、」
「そうだったな!サリナスは早くに母を無くし、母の記憶もあまり残っていないと言っていたな、、、」




