2−4 嵐の前の静けさ
フラウ王女が詮議場に行く前に卑弥呼は、城の一番高いところで王国の周囲が一望できる場所に連れて行って欲しいと頼んだ。戦場になるやも知れない場所を自分でも把握しておきたかったのであろう。
それを誤魔化すように、せっかくトライトロン王国にやってきたのだから街の風景も一度は眺めて見たいとつぶやいた。
フラウ王女は王城の尖塔に登った。そこからは、広く四方が見渡せる。王城の尖塔だけに邪馬台国の物見櫓とは比較にならない程高く、更によく周りがよく見渡せる。
城の南門から先に見えるのは広大な砂地である。どこまでも続く、砂の大地。その行き着く先には雲一つない青い空が無限に続いている。
「ほう、これが砂漠と呼ばれている乾燥地帯なのじゃな 」
この王城を境にして砂漠の反対側は人間が生きていくのに最も適した温暖な気候で、広大な穀倉地帯や果樹林地帯などの山野がが広がっていた。さらに城のすぐ真後ろにはとても活気にあふれた市街地が広がってた。
一望しただけで、王国の豊かさが実感できる穀倉地帯や果樹園地帯に卑弥呼は感心したような思念を送ってきた。
実際、王都民は城の兵隊に守られていて、安心して仕事に精を出すことが可能である。そのため更に生活が豊かになるという好循環に守られていた。
卑弥呼は砂漠と穀倉地帯の境目に城が建てられてるとは珍しいと考えてたが、そのことついては何も触れてこなかった。
フラウ王女にすれば生まれてからというか母の代、その前の祖母の代から王族は建国以来千年近くこの城にづっと住んでおり、今までそれを疑問に思うことはただの一度もなかった。
確かにこれまでに砂漠を超えての他国からの侵略を受けたという話は聞いたことがなかった。そう今回のハザン帝国からの侵攻が始まるまでは、、、。
そういう意味ではこの地に城を建てたのは必ずしも間違っていたとはいえなくもないが、他国からの侵攻が一旦砂漠を越えてしまうと、逆にその王城を遮るものは何も無く、剥き出しの状態であった。
王城の周りを囲む城壁だけが守りの要であり、もしこの城壁が突破されてしまうと、もう王城内も王都街の一般市民も侵略者に対してはなす術もなく蹂躙されてしまうのは確実と思われた。
卑弥呼は、何かフムフムとうなづいていたようだが、特に何も呼びかけが無いのでフラウ王女は尖塔から降り、詮議場へと向かった。
今回の詮議は取り立てて大きな議題は無かった。
ひとつはクロード・トリトロン近衛騎士隊長から寄越された不可侵同盟の進行状況についての速文がフラウから報告された1件と、第三軍務大臣メリエンタール・バナードからの逆Y字溝の掘削状況の確認だけであった。
メリエンタール大臣からは、現在まで作業が順調に進んでおり、後はしっかりとした蓋を敷き詰め砂をかぶせる作業を残すのみになっており、約束通り都合三日間で完全に終了できるであろうとの報告がなされた。
フラウ王女は第三軍務大臣の報告に満足し、
” 次回の詮議はクロード帰還後に実施する ”
と述べて詮議を終了した。
夜の食事には家族が揃った。ここしばらく、家族が一緒に食事するこが多いので、妹のジェシカ・ハナビー・フォン•ローザス王女はとてもご機嫌である。そういうジェシカ王女も、トライトロン王国の隣国ハザン帝国からの侵略の危機にあることは十分に理解しており、それが分かっているだけに、出来る限り明るい表情を作っていた。
また、この先ずっと永続する保証のない今の幸せが少しでも長く続くようにと願い、無理にでも明るく振る舞っているとも思えた。そんな妹を見ていると、どのような状況になろうと妹や両親だけは何としてでも自分が守ってみせると改めて強く決意した。
その夜、フラウ王女の部屋のドアを妹のジェシカ王女が小さく叩いてきた。一瞬フラウは慌てたが、護摩壇と大皿がちゃんと目隠しをされいることを確認し、妹を部屋の中に招き入れた。
「お姉様、ハザン帝国が侵攻して来たら、お姉様も前線に出て行かれるのですか?」
「私は、第一軍務大臣だから、先陣で戦うことになるだろうな 」
ジェシカ王女の瞳には既に大きな瞳に涙が浮かんでいた。座学に優れる妹のこと。恐らくハザン帝国の戦力などある程度は既に知ってるだろう。そのこともあって、フラウに会いに来たとも考えられた。
フラウ王女はジェシカ王女をベッドの横に座らせ、手を握り話し始めた。ジェシカの柔らかい手は軽く汗ばんでおり、また少し震えてもいた。
「今晩お姉様のベッドで眠っても良いでしょう?」
必死の目をして訴えかけるジェシカをフラウは拒むことができずにいた。
部屋に入ってから、ずっと沈黙を守っていた卑弥呼は、
” 良いじゃないか!フラウ、もう暫くしたらベッドにもゆっくり眠れない日々が来るやも知れぬからのう ”
と囁いてきた。




