1−31 家族晩餐(かぞくばんさん)
その日の夜、卑弥呼はフラウ王女に明日の予定はと聞いてきた。王女に急ぎの用事がなければ、王国の蔵書館に連れて行ってくれるようにと頼んだ。
どうやら卑弥呼はその蔵書館に邪馬台国のことを記載した蔵書があるということを思い出したのであろう。
「あの『 東に日出る国 』に関する記載のある蔵書ですか?」
フラウ王女自身邪馬台国の蔵書に関してはもう一度詳細に確認しておきたいと考えていたところだった。卑弥呼が自分の頭の中に存在している間であればその記載内容の理解度はかなり深まると考えられた。
その日の夜は、フラウと、母のエリザベート女王、父のスチュワート、妹のジェシカとでさゝやかな晩餐会が催された。もちろん、姿は見えないが卑弥呼もフラウ王女の頭の中で同席している。
邪馬台国の質素な作りとは全く違って、晩餐室の煌びやかなそのテーブルに心が騒いでいるように感じられた。
卑弥呼のソワソワとした雰囲気がフラウにも伝わってくる。
大小様々の皿が並べられ、また形の違う透明なガラスでできた数種類のグラス、そして料理をつかむ為、或いは切り分ける為の複数の金属の道具。
フラウリーデ王女は、いら長命の卑弥呼であっても実物を目にするのは初めてではないかと思った。
フラウの脳内で、卑弥呼が聞いてくる。
「ほう、これがフラウの王国での食事をするときの道具なのか?なんかの書物で見たような気もするが、実物を見る機会はあまり無かった 」
卑弥呼が “ あまり “ という微妙な表現で思念したことにフラウ王女は気がつかないでいた。
卑弥呼がその手の食事用の道具を見知らぬ世界で使用した経験を持っていたことをフラウが知るのは、未だ未だずっとずっと後のことである。
「フラウの国では、食べ物は、最初から器には盛られていないのか?」
「今から少しづつ運ばれてきます 」
フラウ王女のその思念に、卑弥呼は邪馬台国の食事風景との違いを考えているようである。もちろんフラウ王女も一週間ほど邪馬台国に居た為、その邪馬台国の食事内容や食事風景は一応知っている。
邪馬台国では、大小様々な器に予め盛り付けてあり、その並べられた料理を、米を炊いたもの、喉を潤すための暖かい汁物や、魚や、獣の肉を煮付けた物、それを焼いた物、野菜を煮つけた物などを手際よく交互に、箸と呼ばれる細い二本の棒で食べていく様子を思い出していた。
そして何よりもその配膳の中では春夏秋冬のあらゆる季節の色合いが手際よく散りばめられていて、フラウ王女は自分の王国との文化の違いに驚くと同時に、配膳の中にある四季の美しさを卑弥呼が楽しみながら食べていたことを思い出していた。
トライトロン王国には、邪馬台国でいう冬に当たるものは無い。勿論乾燥して気温が低い季節は4ヶ月程存在しているが、冬という概念は無く、いわゆる秋と冬の境界が明瞭ではない。
秋は紅葉でそれと分かるが冬は紅葉した木々から葉が落ちる程度で、気温などはそう大きくは秋と違わない。
この前フラウ王女が邪馬台国に行った時の季節は秋だったので、雪を見ることはできなかった。
ただ雪と雪景色は卑弥呼の思念を通じてフラウの頭の中にも知識としては残っている。
卑弥呼が自分の肉体を邪馬台国に残したままその精神体だけがフラウと一緒に来ていることに思い至り、自分が邪馬台国に精神転移した時の自分の肉体は一体どこにどうなっていたのかについて疑問を感じた。
「しかし、それにしても今頃そのことが気になっているのか?」
卑弥呼は呆れたようにに思念し始めた。フラウが邪馬台国に転移しその思念が卑弥呼の脳内に入って来た時点で、彼女の肉体は魔法陣の上で仮死状態になっていた。その時卑弥呼は半分死人の彼女を見せるのは可哀想だと思い、わざとそのことについては触れなかった。
「そのままにしておくと死んでしまうようなことはありませんか?」
「危険だったら、そのまま放っておいたりはしないわ!」
その時のフラウ王女は、仮死状態なので短期間であれば特に水や食べ物は必要としない。また神殿内の魔法陣の上に置かれている限り病気やあらゆる外からの厄災いからは防がれる。
「ところでフラウや!今お主が飲んでおるそれは何じゃ。少し黄色っぽい飲み物のように見えるが、水では無いようじゃな 」
「これは、ワインといって、葡萄から作られるお酒です 」
「ほう、邪馬台国では米や穀物から酒や焼き酒を作るが、フラウの国では葡萄から酒を作るのか?」
トライトロン王国のあるこの世界では、白い葡萄と紫の葡萄がある。そして今注がれている透き通った飲み物は白ワインと呼ばれ、白い葡萄から作られた酒である。一方紫の葡萄から作られるのは赤ワインと呼ばれ、主として肉の料理の時に好んで飲まれている。
「ワインはその葡萄を潰して大きな木の樽に入れたまま大きな納屋に半年程寝かせまるとできあがります 」
今度はメイドが少し深めの大きな皿にスープを注ぎ始めた。
「これは、邪馬台国の汁物に当たります 」
邪馬台国においては汁物を食する時にはお椀に口を付けて少し音を立てて吸ったりする。しかしこの王国では、さじで一口づつ口に運ぶ。その時に音を立てることはむしろタブーとされている。
フラウ王女は両国の食事習慣で一番違うのはこの部分だろうと考えていた。
「おっ!その小さい皿に乗っておる、石みたいなものは何じゃ?」
卑弥呼は小皿に盛られた小さな二つのパンに興味を示した。
「邪馬台国のご飯に当たるもので、パンという名前です 」
卑弥呼は、王国の人間は皆んないつもこれを食べるのかを聞いてきた。
フラウ王女は、一般の市民の多くはパンと野菜や肉の入ったスープを食べることが通常で、支配階級の者達はパンとスープの他に魚や肉、野菜など数種類を食べるのが一般的だと思念し卑弥呼に伝えた。
次々と新しい料理が更に並べられるたびに色々と聞いてきたが、どの料理も美味いのう!との思念が入ってきた。
お義姉様にも味がわかるのですかとのフラウの疑問に、
” フラウが感じていることは、わしの頭の中にもそのまま流れ込んでくる ”
との思念が帰ってきた。
「フラウも邪馬台国の料理をある程度は味わったと思うが、、、?そうか、あの時はフラウは料理の味を感じれる程の余裕は無かったのやも知れぬな 」
卑弥呼は今度は赤ワインに興味を示し、
” あの血の様な赤いワインなら邪馬台国でも作れるかも知れんな ”
と言いながら、
” 帰ったら早速試作してみよう! ”
と酒には滅法目のない卑弥呼の感想であった。
卑弥呼の上機嫌な笑い声が脳内に響いた。卑弥呼の思念は、フラウ王女の家族との会話の邪魔にならないように、間を測りながら入ってきていた。
「明日は、蔵書館に行こうと思っているが、、、」
フラウ王女の言葉に、ジェシカ王女はモジモジとしながら、
” えー、お姉様、蔵書館なら私も一緒に連れて行ってくれませんか?”
と大きな瞳をキラキラと潤ませながら聞いてきた。
一瞬のフラウ王女の沈黙にジェシカ王女が今にも泣き出しそうな顔をした。
” 構わないぞ ” との卑弥呼の思念に、フラウ王女はジェシカ王女も一緒に行くこととなった。
「ジェシカ!とてもとっても楽しみです。お姉様と蔵書館だなんて、最初で最後かも?今晩は楽しみでとても眠れそうにありません 」
「あの顔であの涙目で頼まれたら、絶対に嫌とはいえないのう!おまけに殺し文句まで、、、」
・・・・・・・!
「それにしてもジェシカには人を幸せにする様な天性の相があるようじゃのう。何だかわしまで、ワクワクしてきたぞ!」




