9−15 ハザン帝国飛行船最終準備(2)
ハザン帝国の首都から100km程離れた山間の広い谷間に、20機近い飛行船と思われるものが地上に係留され10mほど浮いてゆらゆらと揺れていた。これらの飛行船の飛行袋に十分なガスを更に詰め込み、洞窟に保管されている焙烙弾を積み込んだあと兵隊を乗り込ませると、攻撃目標のトライトロン王国に攻め込むだけである。
今、その谷から少し離れた岩陰に一人の男が、遠眼鏡で谷底の飛行船や兵隊達の動きをじっと観察していた。
その男こそハザン帝国で潜入捜査をしているトライトロン王国の諜報員ジェラード・ハウプトであった。彼の目に当てている遠眼鏡は、前に邪馬台国の卑弥呼がトライトロン王国を訪問した際に持参してきたものをフラウ女王から得別に拝領した貴重な一品である。
今ではその遠眼鏡は全く同じ性能を持つものがトライトロン王国で量産化が終了している。彼が先に王国にハザン帝国の飛行船に関する情報を報告するために王国に帰った際、女王は彼の仕事の重要性を認識し、自分の遠眼鏡を彼に直接手渡していた。
ジェラードはこの遠眼鏡を拝領してからは、もう既に必需品となっている。1km以上離れている場所からでも大方の敵の様子が窺える。500mまで近ずけば、兵隊の目の色まで確認できるという優れもとして重宝していた。
ジェラード諜報員は、フラウリーデ女王に必要な情報はほぼ全て収集できたと判断すると、ハザン帝国に借りている事務所に戻り、フラウリーデ女王にハザン帝国の飛行船開発状況に関する最終報告を行うために王国入りすることを決めた。そして戦争が始まる前にその仮事務所をたたみ、部下と三人で王国へ帰る旨を王城に連絡した。
その1週間後、トライトロン王国の女王フラウリーデは、詮議場にクロード摂政、エーリッヒ・バンドロン第一軍務大臣、メリエンタール・カルマ第二・第三軍務大臣、ラングスタイン・ザナフィー第二軍務将軍、ジークフリード・スタンフォード王国公安省大臣、ジェシカ王女化学技術庁特別顧問、ニーナバンドロン王国科学技術庁特別顧問、サンドラ・スープラン化学技技術庁長官、リーベント・プリエモール男爵科学技術庁長官を召集し、ハザン帝国で諜報活動を行っていたジェラード・ハウプト諜報員の報告を聞いていた。
「ハザン帝国軍首脳部において飛行船によるトライトロン王国侵攻の最終決定が下された模様です 」
今まさにハザン帝国の首都の迎賓館の公園内には、デモンストレーションを兼ねて、2機の攻撃用大型飛行船が係留され浮遊していた。また、別に空からしか確認できない山奥の谷に18機の中型飛行船が最終調整段階に入っており、焙烙弾の搭載も既に始まっていることに関してその詳細を報告していた。
迎賓館前に浮遊している飛行船は他の飛行船と比較するとひと回りほど大きく、色彩も他の飛行船より艶やかでハザン帝国の国旗が描かれているところから、恐らく旗艦と思われた。
中型飛行船には1機当たり200個の焙烙弾が搭載されている。そして夏に入る前の5月の月のしばらく雨が降らないと予想される日を選んで出撃する計画が練られているようだと巷でも噂されていた。
詮議場内は、いよいよハザン帝国との戦が再び始まることが確かのものとなり、重苦しい雰囲気に包まれた。その沈黙を最初に破ったのはエーリッヒ・バンドロン大臣であった。
「ジェラード殿やはりハザン帝国の宣戦布告の大義名分は私等の亡命に関わることなのですな、、、」
「エーリッヒ大臣、もう昔の話ではないか?お前達はとっくにトライトロン王都民だ。今更何を気にしている?」
フラウ女王は、エーリッヒ大臣の思いを完全に払拭するように、『 膏薬と屁理屈はどこにもくっつく 』 受けて立とうと高らかに宣言した。
一方、エーリッヒ大臣は、たとえ自分から見限った国だとは言え、やはり自分の生まれ育った祖国。できればまともな考えに戻ってもらえたらと願っていたのは確かだった。
古来、戦争を始める時は、『 大義のため 』と言う名分を旗頭にするが、いざ戦いに負けそうになると、『 民を苦しみから救うため 』と言う理由で戦争を中止する。
「 要は,戦争の開戦理由など私が気に食わないというだけでも開戦発端の理由となる。お主達の気にするようなことではない 」
実際、ハザン帝国にとってエーリッヒ大臣達のトライトロン王国への亡命など今となっては単なる口実に過ぎなかった。
エーリッヒ大臣は、今回のハザン帝国飛行船侵略対応の総指揮を自分とラングタイン将軍に任せくれるように、フラウ女王に願い出た。
いつもは寡黙なメリエンタール・カルマ大臣が、珍しく待ったをかけた。
エーリッヒ大臣は先のハザン帝国侵攻の際の総大将。当然ハザン帝国の軍部首脳とは旧知の仲であるはずである。今回の侵攻はハザン帝国にとっての雪辱戦、ハザン帝国の軍首脳部を挙げての攻撃であろうから、エーリッヒ大臣よりも自分こそがその任にふさわしいのではないかと願い出た。
メリエンタール大臣は、エーリッヒ大臣が王国を裏切るなどとは全く考えていなかったが、やはりなんと言っても人生の半分以上をハザン帝国で生きてきたことを考えると、戦いにくいだろう、、、とある意味思いやりの方が強かった。
また、当然ハザン帝国将校には彼らの知己も存在しているため、殲滅を前提とした戦いにはあまりにも酷すぎるのではないかとも考えていた。元々、自分の命と引き替えに部下達をハザン帝国に帰すことを唯一の条件にしたような上司である。
フラウ女王はメリーエンタール大臣の危惧がわからないわけではなかったが、今回の王都決戦が飛行船による攻撃であることを考慮すると、その一番の狙いはこの王城と王都街である。城と王都街の守備に詳しいメリエンタール大臣こそ王城などの守りにはどうしても欠かせないと考えていた。
王国公安省ジークフリード・スタンフォード大臣は、攻撃は最大の防御とはいうものの、墜落しかかった飛行船がやけになって王城や王都街に突っ込んできた時の惨事の方を優先したいと思った。
「女王様も人が悪い!この結論を私にお振りになりましたか?本来この件は王国公安省として私が考え、女王様に進言しなければならない立場ですが、正直、蚊帳の外でホッとしておりましたのに、やはりこれを決めるのは私の仕事だとおっしゃられているのですね、、、」
「そうだな!この状況だとお主の意見が最も中立で好ましいと思う 」
ジークフリード王国安全省大臣は、苦笑いをしながら、エーリッヒ大臣とラングスタイン将軍に関する限り、邪推的な危惧は全く考えていないと言い切った。そして、どうしても公安省的な配慮が必要だと考えるのであれば、ニーナ殿を始めとし両家族を拘束すれば、その心配はなくなるのだが、自分としてはその必要はないと判断していると答えた。
「どうやら、結論が出たようだな 」
・・・・・・・!
「エーリッヒ大臣、ラングスタイン将軍!二人をハザン帝国飛行船撃退の総大将とその副官として命じる。メリエンタール大臣、王城と王都街の防衛と混乱の防止のための総大将を命ずる 」
「分かりました 」
3人の力強い声が重なった。




