9−5 ニーナ王女の誕生
フラウリーデ女王は、侍女のシノラインとアンジェリーナを呼ぶと、紅茶を熱いのと取り替えて焼き菓子と一緒に、ジェシカ王女の部屋に運んぶ様に命じた。加えて、エーリッヒ大臣をに部屋にくるように伝えさせた。
エーリッヒ大臣はフラウ女王からの火急の呼び出しとあって、若干息を切らしながら、かけつけ拝礼した。
フラウリーデ女王は、仕事と直接関係のある話ではないがと前置きをしながら話し始めた。
トライトロン王国の科学技術省が妹ジェシカ王女とエーリッヒ将軍の娘ニーナ・バンドロンとで実質的な方向性が決定されていることについて触れた。
勿論、将軍自身も娘のニーナが科学技術省の運営に少なからず携わっていることについては知っていた。
「そういえば、蒸気機関車の開通と同時にジェシカ王女様がプリエモ王国に嫁がれるという噂話が王城でも流れているようですが、、、」
フラウ女王は、エーリッヒ大臣がジェシカ王女の結婚の噂話を切り出したことで、自分の話の展開がしやすくなっていた。ジェシカ王女がプリエモ王国に嫁ぐことで両国の付き合いが更に親密になり、場合によっては王国内の異端の貴族連合体への牽制になる可能性については好ましいと考えていた。
その一方で、現実には王国科学技術省の方向性を決定する重要な人物がトライトロン王国から失われてしまうであろうことについては、若干の懸念を感じないわけではなかった。フラウ女王にとって極めて大切な片翼を捥がれてしまうことになる。
「それで、折いって相談なのだが、ジェシカ王女がプリエモ王国に嫁いだ暁には、御息女ニーナ殿を上皇夫妻の養女、つまり私の妹としたいと考えているのだが、、、」
・・・・・・・!
「貴殿も薄々は感じているであろうが、ニーナを蔵書館長に就任させる時、私とニーナとの間で交わした約束がある。つまり蔵書館長を就任することは、そのまま終生王国に縛り付けられるという話のことだが、、、 」
「そのことに関しましては、本人も私も十分に理解した上で取り決めたこと、今更是非もございません 」
ニーナが幾ら天才少女と呼ばれていたとしても、当時若干15歳で交わした女王との約束事である。実際にはニーナは今でもその誓いを忘れることなく女王に尽くしてくれていた。しかしこのまま推移するとニーナ・バンドロンはその約束事ゆえに生涯を独身を通してしまう可能性が強かった。
エーリッヒ大臣は、娘の幼い時の約束と言っても15歳。当時15で嫁ぐ者は決して少なくはなかった。そのため、娘の決断を優先したいと思ってきたし、現在でもそう思っていた。とは言っても、大臣も人の親。一人娘のニーナが生涯独身を続けることに関しては若干の戸惑いがないわけではなかった。
「そこで、王族の仲間入りをさせることで、ニーナに相応しい婿を選びたいと考えている。ジェシカから聞いたところによると、ニーナはプリエモ王国男爵家のドルトスキー殿と恋仲にあるらしいのだが、、、」
エーリッヒ大臣は、少し考える素振りを見せていたが、いつだったか妻からニーナに好きな殿方ができたようだが、その相手が他国の貴族様だと聞いたことを思い出していた。妻は所詮高嶺の花だと笑っていた。エーリッヒ大臣はその時はてっきり妻の冗談かと思ってたが、フラウ女王のその話を聞き冗談話ではなかったことを理解した。
「それでも、一旦王城に出仕することが決まった時に、娘にその覚悟はできていたはず。とはいえ自分も人の親。娘が好きな殿方と結婚して子供をもうけて幸せに暮らして欲しいと考えないでもありません 」
フラウ女王は、今更ながら私は王国蔵書館の秘密を守りたいという一心からニーナ・バンドロンに対しとんでもない命令を下してしまったと後悔していた。しかし、蔵書館の秘密は何としても守り抜かなければならなかった理由は、エーリッヒ大臣なら必ずわかってくれているという確信はあった。
「娘がジェシカ王女様の結婚話を私にした時に、その横顔に一抹の寂しさを見たような気がしましたが、あの怪物のような娘も一人の女だったんですね 」
「それはニーナに対してあまりにも失礼じゃないのか?」
エーリッヒ大臣は百戦錬磨の強者であったが、やはりそれ以前に一人の父親でもあった。やはり事情が許せば好きな人と結婚させてやりたいとは思っていたようである。
それにしても今回の女王からの申し入れに関しては、敵国ハザン帝国の元将軍の娘がトライトロン王族の仲間入りなど、女王が許しても他の重鎮殿達が決して許さないとも思えた。また将来、王家の騒乱に繋がる可能性も決して否定できないのではと考えないわけではなかった。
「その点については私も全く考えない訳ではないが、、、狡い言い方になるが、近く迫ってきているハザン帝国の侵略戦争では一働きしてくれないか?」
「近く予想されているハザン帝国の飛行船による侵略戦争の撃退については、娘のこととは関係なく必ずや成功させて見せます 」
実際、先般の防御試作兵器の威力を見せつけられた現在、ラングスタイン将軍とも戦い方の大きな変化に対応すべく新たな戦略戦術を立案中であった。既にあらかたの方向性については見出され始めていた。
「エーリッヒ大臣!だけどニーナのこと決して叱らずにやって欲しい。それと私の申し入れ受けてくれたと考えても良いのだな!」
エーリッヒ大臣は、対ハザン帝国戦のことに話題を変えた。そのことで女王は大臣がニーナの将来に関する女王の申し入れを完全に受け入れたものと判断した。
「女王様!サンドラ殿に兵隊があまり訓練せずにでも使用可能な強弓を用いた小型爆弾の開発をお願いできないでしょうか?」
「というと?」
「火矢の代わりに、矢の先に小型爆弾を取り付けてもらう訳には行きませんか?目的物に命中したら爆発する様なものがあればと思っております 」
エーリッヒ大臣は、先般開発された大型の防御兵器(大砲)では一旦懐に入られるとむしろ命中精度が可成り低下し、王城そのものへの被害が甚大となると読んでいた。
サンドラ・スープラン化学技術庁長官も大砲は小回りが効きにくいので50〜100m 程度離れた敵に対して特に有効だと言っていた。
その為、現在使用している通常の弓では矢尻の代わりに小型爆弾を付けると、先端部分が重過ぎて10mも飛ばなくなる可能性が考えられた。そのため、大筒と大筒の間に大型の弓台を設置し、三人がかりでその大弓を引くことで、50m以内の敵には可成りの命中精度が得られると予測された。
サンドラの話では当初は飛行船が懐に入ってきた時の有効な手段として大筒を考案したようだが、やはりそこは実践経験の無い彼女では致し方のない判断であろう。
「大臣!よく気づいてくれた。お主の考えに私はよく賛同できる 」
「爆弾それ自体は小さくて構わないと考えています。何せ、飛行船の籠の中には大量の可燃性の投擲弾が積まれております故 」
エーリッヒ大臣からの提案は、実践経験者ならではのアイデアであった。フラウリーデ女王はサンドラ長官に射程距離50m 以内の極めて小さい爆弾を弾頭とした弓のと発射装置の開発を指示することにした。
フラウ女王は、大臣との話がうまくいったこに満足し、最近エーリッヒ大臣との模擬戦を行っていないことを話題にした。
近く、クロード摂政とマリンドルータを連れて鍛錬場に行く予定があるので自分の相手してくれないかと頼んだ。
「最近、鉄砲やれ、大筒やれの話ばかりで、少々気が滅入っている 」
「私共とてそれは全く同じです。剣の時代が終わりかけていることに残念さを感じています。あの向かい合う相手から発せられるヒタヒタと迫り来る緊張感は、何者にも替え難いですから 」
・・・・・・・!
「とは云え時代の流れ、一旦戦争となれば勝たなければ意味がないのでやむを得ないことですが、やはり少し淋しいですな。
それでは、ラングスタイン将軍と鍛錬場でお待ちしております 」