8−21 エンジン付きの馬車
先の飛行船の試験飛行や蒸気機関車の試験走行が行われる少し前、王城内に巨大な地下壕の建設が始まっていた。この地下壕の建造は全くの極秘裏のうちに進められていた。使役人の雇用に当たっても全て身元を詳細に調査し、少しでも疑問の感じられた者については採用されていなかった。
先の、試作機の公開実験で王国の動きを把握した王国貴族やハザン帝国潜入員達も、まさかわずか3ヶ月後に王国が開発した戦争に使用可能な武器の実用化実験が予定され、それに対応するために巨大地下壕が城内に掘られていることなどを想像できる者など誰もいなかった。
一方、先の蒸気機関車の試作機の試験走行の結果に十分な手応えを感じていたジェシカ及びニーナ両特別顧問は、早速トライトロン王国とプリエモ王国との間に500kmを超える距離を蒸気機関車が走行可能となる専用道の敷設について検討していた。
トライトロン王国とプリエモ王国との間には大きな宿場町が2つある。その宿場町は両国を結ぶほぼ直線上にあることを地図上で確認すると、早速そのルートでの建設計画の立案を開始した。そして、二人は蒸気機関車の走行する専用道を、蔵書館の資料からその名称は『 レール 』 と命名した。以降その名称がこの世界には完全に定着することになる。
一方、王城内に建造されていた巨大地下壕が完成すると、その1週間後に王国が独自に開発した爆薬が使用された大筒と鉄砲並びに焼玉エンジンが搭載された高速移動用小型荷車試作機の完成披露実験を極秘裏に行うことを関係者のみに、その前日になって伝達した。
また、その完成披露実験の実施にあたり、フラウリーデ女王は、王国公安省のジークフリード・キーパス大臣、トライト・シューベル大佐及びリモデール・バインド大佐達にその披露実験実施情報の漏洩の可能性についてあらかじめ調査させていた。
そして試作機披露実験の1日前に、フラウリーデ女王とクロード摂政は諜報員3名と王国公安省大臣を呼び、情報漏洩の可能性について聞いていた。
「今回の試作機実験についての情報は一切他国の諜報員には漏洩していないと自信を持って報告できます 」
とジークフリード大臣が答え、大佐の二人も力強くうなづいた。
「当日は、地下壕の見張りを兼ねてお前達も出席してくれないか?特に大臣にあっては、今後の戦争のあり方が全く変わる可能性を有している武器を見ることになるであろう。今後の戦略立案の方向性を決めるためにも、、、」
実験当日、地下壕の入り口には衛兵に扮したトライト大佐とリモデール大佐がいるだけである。誰が見てもここで王国の極秘の大掛かりな実験が開始されようとしているとは思えなかった。確かに衛兵が多いと何かあるのではと思わせるが、ここまで見張りが手薄だと只の地下倉庫の門番がいる程度にしか見えなかった。
しかも、この両大佐がいる限り、1個小隊の兵が攻め込んできても全て排除できるのは確実である。
その倉庫の中に、時間をずらしながら今回の実験の関係者と王国の重鎮が入っていく。全員が入り終わるまでに約1時間ほどかかった。
二人の衛兵のふりをした大佐達は、最後に地下壕に入るフラウ女王とクロード摂政に微笑みながら、参加者全員の顔を確認しましたと耳打ちした。
地下壕の入り口付近の左右にテーブルと椅子が用意されており、その中には軽食と飲み物が用意されていた。恐らく、これらの準備は夜中の内に行われれたと見え、その日の早朝には召使いの出入りは全く無かった。
フラウリーデ女王の挨拶で始まった秘密実験であったが、最初に披露されたのはリーベント男爵とその孫息子が中心となって開発したエンジン付きの小型荷車であった。
プリエモール男爵の孫息子のドルトスキー・プリエモール主席研究員が、馬車に近づき馬車の前方に回りこむと馬車の前の部分に長い金属の棒を差し入れ手で回し始めた。1回、2回、、、と回し、5回目で大きな音を出し、馬車の後ろから黒い煙に続いて白いい煙が吐き出された。しばらく煙を吐いていた馬車は、やがて煙が殆ど見えなくなってきた。ドルトスキーは馬車の横のドアを開くとその中に乗り込んだ。そして皆に頭を下げるとその自走馬車を走らせ始めた。
最初、激しい音を立てていたが、ある程度のスピードに達したら、ドルトスキーはハンドルの下に設置されているノブを1回強く引いた。一旦馬車の速度は少し落ちたが、カクンと小さな揺れの後に急速に荷車の速度が上昇した。この時点の速度で人間が全速力で走る程度の速度に到達した。
ドルトスキーはもう一回少し速度を落とすとノブを引き、更にスピードを上げた。この時点では馬が全力疾走程度の速度で走っていた。
現時点では馬車で走る時の音と比べると可成り音量は大きいが、今後の改善で音量を低下させることは十分に可能であり、乗り心地に関しては未だ改善の余地が大きいと考えられた。もしそれらが改善されると快適な旅をすることも可能であろうとドルトスキーは改善見通しについても報告した。
広大な地下壕内を一周して、戻って来ると同乗者を探した。真っ先にフラウリーデ女王が立ち上がろうとしたが、後ろに控えていた『 女王の剣 』マリンドルータ・リンネが女王の肩を抑え、得体が知れないので、私が試乗しますと言いながら素早く、エンジン付き馬車の横に乗り込んだ。
マリンドルータを乗せたエンジン付き馬車は次第に速度を上げながら地下壕内を回り始め、3周程回りフラウ女王の後ろに戻った。
「マリン!私が乗ろうと思ったのに、お前に先越された 」
フラウ女王は子供のように顔を膨らませて見せた。
「で、どうだった?」
「未だ未だ改善の余地は多くありそうですが、4〜5人の人数で旅行したい時などには貴重な移動手段になりそうです。ドルトスキー殿の話では欠点を改良した本作機第1号をフラウ女王様夫妻と王子王女様専用として贈呈したいと言っておりました 」
「そうか!今日あの試作機に乗れなかったのは非常に残念だったが、楽しみに待っているとしよう 」
後日、エンジン付き馬車に試乗できなかったのを不満に思ったフラウ女王が、馬がいないのに馬車とは名称がおかしいと言ったとか言わなかったとか、、、。
その後このエンジン付き馬車はジェシカ及びニーナ特別顧問によって、『 自走車 』と名付けられ、後に主として人の移動手段や荷馬車1〜2台分程度の荷物の運搬手段として量産化されることとなった。




