8−20 王国公開実験場
トライトロン王国の技術の翠を集めた実験という触れ込みで、王城から数キロ離れた砂漠に簡易的に実験披露のための設備が作成された。
そして今そこに王国の女王を始めとする政務に携わる者と技術者の主要なメンバーが、集結している。
もし、この場所にもしゼークスト公爵家で開発中の爆薬が多数仕掛けられていた場合、王国の実験の計画は水泡に気してしまうだけではなく、王国の中枢が粗方死亡してしまう恐れすらあった。
そのことは、ハザン帝国にとってもゼークスト公爵家にとっても好都合な条件ではあったが、実験開始が予定されている1ヶ月前から付近一体の砂漠は常時交代で厳重な見張りがついていた。そして目立った怪しい影は見られなかったことが報告されていた。
また、王城の尖塔に取り付けられているリーベント男爵が発明した複数の監視システムも稼働しており、そのシステムでも怪しい行動は確認されていない。
かりにそのような謀略を企てていた者が居たとしても、直ちに王国に見破られてしまっただろう。
実際の公開実験開始当日、案の定ゼークスト公爵家の諜報員と思われる潜入者を、近衛騎士隊長のマリンドルータ・リンネが見つけ、フラウリーデ女王の耳元で囁いた。この実験場に居るメンバーの中で、公爵家の諜報員を見知っているのは元諜報員のマリンドルータと彼女の後任諜報部員のシトレース・ダウマンくらいである。
「変装して、作業者の中に紛れ込んでおりますが、公爵家の諜報員シュタインホフ・ガーナとその部下に間違いありません 」
結局は、ハザン帝国及びゼークスト公爵家からの大きな妨害もなく公開実験の日を迎えることになった。
公開実験の当日、女王からの実験開始の合図と共に飛行船の飛行テストが開始された。飛行船の大きさは5m 程度、飛行袋の下に推進機関となる小型蒸気機関がぶら下がっている。
蒸気機関が始動し始めると、その機関部分の前にある風車のようなものが回り始め、地上との固定具を外すと同時に上昇し始めた。その飛行船はある一定の高さまで上昇すると、その高度を維持したまま水平に移動し始めた。やがてその小型飛行船は徐々の小さくなり始め、やがて小鳥ほどの大きさに見えるようになった後、燃料である石油が無くなったようである。その飛行船は徐々に高度を下げながらやがて砂漠の砂の上に落下してしまった。
しかし、この場に参列しているメンバーの中で技術分野に精通している者は限られるため、飛行船が上昇し、燃料となる黒い水が無くなったら地上に降りてきたという事実だけで、実験場は割れんばかりの拍手が湧きあがった。
次に披露された試作機は、車のついた木製の長方形の箱とその箱を引く為の蒸気機関であった。一つの箱に4個の車輪がついていた。また、何故か車輪の下には金属の長い棒が2本同じ幅で設置されていた。
この鉄の2本の鉄の棒は後にジェシカ達によりレールと名付けられたが、それが直径1km程の円を描いていた。
燃料となる『 黒い油 』に火が入ってしばらくすると、熱せられた水が水蒸気となり煙突を通じて白い煙を吐き出しながら、試作機の車輪が徐々に回り始め、ゆっくりと2本の金属の棒の上を走り始めた。
試験自体は短い距離であったため、馬車の2倍程度の速度でしか走らなかった。フラウ女王のもう少し速度は早くならないかとの問いに、プリエモール男爵の孫息子ドルトスキーはレールの距離が長くなると通常馬車の五倍程の速度になるはずだと答えた。
この試作機の実験結果についても十分に満足とばかりに、割れるような拍手が湧きあがった。
この公開実験に忍び込んだシュトクハウゼン・ゼークスト公爵家の諜報員シュタインホフ・ガーナは、王国の作り出した飛行船と蒸気機関車の戦争への応用についてはいくつかの疑問を感じていた。
ハザン帝国の飛行船攻撃に備えての飛行船開発と蒸気機関車の開発と思っていたが、試作品を見る限り直ちに戦闘に応用できそうな武器が全く搭載されていないことが不思議だった。今回実験に使われた無人の飛行船に仮りに人が乗り込んだとしても精々1人が限度であろう。
今回の飛行船が単なる試作機だと仮定しても、試作機を一挙に百倍スケールにすることはとても不可能なようなような気もしていた。
そうなると、5〜10人程度の兵隊が乗り込み、先のハザン帝国との戦争に使用された『 石油 』をハザン帝国の飛行船目掛けて投擲するとしても、ほとんど戦功を挙げれるとは思えなかった。
しかも、ハザン帝国の飛行船も飛んでいる状態である。もし、自分があの試作機を武器として使用するとしたら、あの小型の飛行船を使い捨てと考え、黒い水を大量に積載して火をつけ、ハザン帝国の大型飛行船にぶっつけて破壊するだろうとの結論に達したが、王国が本気でそうしようと考えているところまでは思いが至らなかった。
その一方で、蒸気機関車の試作機については、戦争用の武器としてではなく、産業の発展には大きく貢献が可能であろうといくつかの疑問を抱えたままではあるが一応納得しながら、身を隠すようにして二人の諜報員はいつの間にか姿を消していた。