1−22 蔵書館(ぞうしょかん)の秘密
卑弥呼はフラウ王女の思念した蔵書のことが気になるのか、ソワソワしながらその蔵書は一体いつごろ書かれたものなのかとしつこく聞いてきた。
フラウ王女は、極めて重要なことを見逃していたことに思い至った。もしこの時フラウ王女が実体を持っていたら、その顔から一気に赤みが消え去り、青白くなって冷や汗を流している姿が見られたであろうと思われた。
「フフフ、ようやく気が付いたようじゃの。その書物とやらは恐らく数千年前に書かれたものではなかったのか?」
「はっきりしたことは分かりませんが、少なくとも千年は下らないかもと、、、 」
フラウ王女はそう卑弥呼に答えながら、実体のない自分の指が震えているようなな感触を感じていた。
「お主?また、わしのことを得体の知れない怪物だと思っているのじゃないのか?いくらわしでも神様でもあるまいし、そんなに長く生きたくもないぞ 」
確かに長命の卑弥呼であったが、未だこの日の本で神様に会ったことは無かった。もしどこかで神と会う機会があったのなら、自分の運命のことで文句の一つや二つは言ってやらないと気が済まないと考えていた。
この時、フラウ王女は卑弥呼がこの先の自分の人生に確実に多くの影響を与えていくであろうことを予感した。そして、自分がこの邪馬台国にやって来たことが決して事故や偶然ではなく、確実に運命に導かれたものだったと確信した。
卑弥呼と出会うべき必然性があってこの邪馬台国にやって来たと考えると、フラウ王女には何故かとても嬉しかった。
「そこでじゃ!千年以上も前にわしと同じ名前の卑弥呼という女王が邪馬台国に居たと仮定して、いや居たのは間違いないだろう。蔵書に記載されている記録がその証拠じゃからな 」
今フラウ王女の目の前というか、フラウに思念を流し込んでいる卑弥呼も邪馬台国の卑弥呼女王と呼ばれている。そして確かにこの時代に生きる人間としてここに存在している。これは一体偶然なのであろうか。同じ名前で極めて似た様な生き方をしているその二人が全くの別人と考えるのも疑問が残った。
フラウ王女は、今ここに存在している邪馬台国の卑弥呼が蔵書に書かれている卑弥呼の末裔とは考えられないだろうかと思ったりもした。
しかし、今自分が見知っている卑弥呼が千年以上前に記載されたと推定される蔵書の中の卑弥呼と同じ血筋であると仮定した場合、フラウ王女の知る卑弥呼はその女王の数十世代以上後の卑弥呼ということになる。
ただ、過去の多くの国々の歴史を見る限り、そう長年に渡り同じ王朝で繁栄した事実は決して存在していないはずである。
「今、お義姉様!私のことを酷く馬鹿にしていませんか?」
「誰も脳筋女だとは思っていないが、、、」
「いえ、たった今おっしゃったでは無いですか?」
「で、、、話を戻すが、フラウや!お前があの洞窟から邪馬台国のわしに会いに来たこと、実際にわしに逢えたこと。本当に偶然だと思うか?」
卑弥呼は、フラウ王女があの日洞窟へは行かなくて、いつものように剣術の稽古に励んでいたという可能性もあったのではないかと指摘した。確かにフラウが洞窟に向かったことの方がむしろ可能性としては低かったであろう。
もしあの時自分が洞窟に行かなかったとしたら、自分は邪馬台国の卑弥呼女王とは永遠に出会う機会は失っていたと考えられた。おそらくそれは間違いのないことである。
フラウ王女が思考の迷路に入り込んでいることを気付いた卑弥呼は、侍女の『 しの 』にお茶を持って来るように命じた。フラウにはこの『 しの 』の顔にも既視感があり、自分の侍女のシノラインの顔を思い出していた。
邪馬台国に来て以来フラウ王女の頭の中に徐々に卑弥呼の知性や知識が流れ込みつつあるためか、卑弥呼の思念に関する理解度も徐々に増してきていた。
それでも、フラウ王女の育ったトライトロン王国には全く存在しない概念も多く、戸惑いつつもいよいよ、これから卑弥呼の話が核心に迫っていく予感をひしひしと感じていた。
卑弥呼は、洞窟を選択したフラウ王女とは別に、剣術の稽古のほうを選択したもう一人のフラウが存在していてもおかしくはないと考えていた。
その場合、その二人は、それぞれが違う時間の流れの中で今でも生きていることになる。




