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1−20 肥後国の軍船 

 有明の海(ありあけのうみ)を渡って来る肥後国(ひごのくに)の軍隊は、明日には邪馬台国(やまたいこく)に一番近い港に到着する模様である。卑弥呼(ひみこ)占星術(せんせいじゅつ)や過去の膨大なデータからの先読(さきよ)みの術等で明日の戦に対しては準備万端といった自信を見せていた。


「フラウよ!明日は肥後の軍を一人残らず蹴散(けち)らすからよく見ておくんだぞ 」


九郎兵衛(くろべえ)!」

「はい後ろに! 」

「お前はいつも侵出鬼没じゃのう。処で、主祭殿や他の家々などの風に対する補強は終了したのか?」

「先程、全ての補強が終わったとの報告が、、、今女王様に知らせるべく控えておりました 」


「もう一つ、頼みがあるんだが、明日は火矢(ひや)を用いての戦いとなろう。可能な限り多くの鯨油(げいゆ)火矢(ひや)を準備しておいてくれ 」

「はーっ!(おおせ)せのままに 」


 と言うや否や、九郎兵衛はフッとかき消えてしまった。

 

 翌日の朝になり、未だ神殿の外は大きな風鳴(かざな)りの音が聞こえていた。

「フラウや!昨晩は良く眠れたかえ?」

 フラウ王女は慣れないためか、途中大きな風のうなり声で何回か目が覚めた。それでも卑弥呼がぐっすり眠っているのを意識すると、フラウも安心して再び眠りについた。

「今日は、肥後の軍勢を|邪馬台国が全部蹴散(けち)らす様子を、(しか)と見ておくんだぞ 」


 朝の有明の海(ありあけのうみ)は、吹き荒れる風で、肥後国(ひごのくに)の軍船同士がぶつかり合い、もう既に阿鼻叫喚(あびきょうかん)の状況であった。おそらくこの時点で兵力として数えることができるのは、既に半分程に減っていた。

 

「火矢部隊を港の周りに配置させ、九郎兵衛の合図を待てと伝えよ 」


 複数の使い人がそれぞれの受け持ちの場所まで飛ぶように散っていった。卑弥呼はこの国で使われているらしい長い数珠(じゅじゅず)と呼ばれているものを(ふところ)から取り出し、何やらフラウにも理解できない呪文(じゅもん)の様な言葉を(となえ)えていた。


 とたんに有明の海の濁った海水がどんどんと沖に流されて行き、場所によっては海底が見え始めた。そして、先ほどまでは暴風が吹き荒れていた付近一帯が、無風となり、真っ暗だった空が急に明るくなりまたたくく間に青空が見え始めた。


 今まで何とか防風をやり過ごした半分ぐらいの軍船(ぐんせん)は、海水がすっかり無くなったことでことごとく傾き、とても軍事行動に移れる状況ではなくなっていた。

 卑弥呼はこの時を狙って、九郎兵衛に直ちに可能な限り多くの火矢を肥後の軍船に向けて撃ちかけるように指示した。

 

 一斉に肥後の軍船目指して飛んで行く火矢。ある矢は人を射て、ある矢は積荷に当たり、残りの多くの火矢は船そのものに当たり、次々と軍船を燃やし始めた。

 肥後軍勢はいつ尽きるともしれない火矢攻撃に動揺し、船を捨てて、海底と思われる場所に次々と降り立った。


 処が、海底がそれなりに硬いと思っていた兵士達は、腰まで浸かる海泥に自由を奪われ、身動きさえ取れない。その肥後国の兵士達に邪馬台国の兵士が放った矢が次々と命中し、もう既に肥後軍は反撃の意思を完全に失っていた。


 これ以上、肥後軍の組織的な反撃は無理だろうと判断した卑弥呼は、攻撃を中断させた。

「これだけ叩けば、今後当分邪馬台国への侵攻などという馬鹿な考えは持たないであろう 」


干潟(ひがた)に残された生存している肥後兵はどうなされますか?」

 九郎兵衛が卑弥呼に問うた。

 

「後、2時間もすれば、海の水が戻って来る。死んだあるいは怪我をした肥後兵や無事な残存兵を集めて、静かに立ち去るように矢文を放て 」

・・・・・・!

「それから、我が軍の被害をまとめわしに報告してくれ 」


 九郎兵衛が確認した限りでは、被害はほとんどなかった。一部に火矢を撃つ際に手を火傷した程度の兵がいるくらいで 全員が無事にそろっていた。

「それなら改めての報告は不要だ。それから、風による農作物や住居等の被害状況について急ぎ調べ、わしに報告してくれ 」

「はっ! 仰せの通りに 」

 との言葉を残して九郎兵衛は再び()き消えた。

 

 フラウ王女は一体全体何が起こったのか、全く理解できず卑弥呼にどう問えばいいのかさえ、混乱の最中(さなか)であった。


()い、()い、そう急ぐこともあるまいフラウ!」

 卑弥呼はフラウの頭に整理がつくまで待つことにした。

「頭の整理がついてからわしに問えばいい 」


 それより卑弥呼の腹の虫が仕切りと食事を欲しいと騒いでいた。そして今から少し遅い朝食に行こうとフラウ王女を促した。


「腹が減っては戦はできぬ 」

「って、卑弥呼お姉様!戦終わっちゃいましたが?」

 フラウ王女のツッコミに卑弥呼の哄笑(こうしょう)があたりに響いた。


 さすがに長きに渡り邪馬台国を統治してきた卑弥呼である。この程度の戦いは、本当の戦とはいえないという余裕さえ感じられた。

「そうよのう、これまでもっと圧倒的に不利な戦いも多々経験したから、肥後軍程度ではさして脅威(きょうい)に感じていなかったのは(たし)かじゃが、、、」


 卑弥呼はフラウ王女にはそう応えたものの、頭の中では長い邪馬台国の歴史の中では多くの兵士を失った戦いを幾度も経験し、そのたびに何もかも放り出して女王を辞めたくなったことを思い出していた。


 それでも、これまでに失った兵士や民の無念さを考えると、卑弥呼一人だけ逃げて楽になることもできず、いつの間にか今の年齢(とし)になっていた。


 フラウ王女はこの卑弥呼の思念に自分には到底(はかり)り知れない卑弥呼の悲しみを感じ、フラウ自身の目から涙が一筋二筋と流れ落ちていくのを想像した。

 

「ありがとう。フラウよ!しかしそう気にすることでもでない!恐らくそれがわしに課せられた定めであろうからな、、、」

 卑弥呼は一抹の寂寞感(せきばくかん)とともにそう(つぶや)いた。

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