6−18 回りはじめた未来
フラウ王女の顔に少し明るさが戻ってきた。彼女は自分が心血を注いだ剣の道が無くなってしまうかもしれないことには大きな不安を感じていた。しかもその剣の道を消滅させようとしている存在が他ならぬ剣の使い手である自分自身であることに、まず本人自身が受け入れきれずにいた。
しかし今、卑弥呼の話を聞く限り、どのように世界が変化しようと『 剣の精神 』は変わらず、未来永劫引き継がれて行くであろうこと知り少し安心した。
この卑弥呼の言葉により、後日フラウは王城内外に、剣や刀、弓や槍の歴史を守るためにいくつかの『 道場 』を建設し多くの剣術家や武道家達を輩出していくことになる。
その日の午後にプリエモ王国の招待者一行が王城に到着した。
ホッテンボロー王子を先頭に、国王夫妻とフランシカ王女、その後ろに今後トライトロン王国の科学分野の発展の礎となるリーベント・プリエモール男爵とその孫息子のドルトスキー・プリエモールが城内に入ってきた。
城門でプリエモ王国の一行を待っていたのは、第二王女ジェシカと蔵書館長のニーナで、二人は直ちに国王夫妻の待っている玉座の間に皆を案内した。
エリザベート女王夫妻への挨拶が終わったのか、侍女シノラインの軽いノックの後、妹のジェシカ王女がホッテンボロー王子を伴ってフラウ王女の部屋へと入ってきた。
フラウ王女は侍女のシノラインに紅茶とクッキーを持ってくるように命じた。
テーブルの上には、白を基調にした生地に金銀、赤や紫、緑などの見事な刺繍が施された布の袋と、もう一つは紺色を基調にした生地に同じく数種類の色の刺繍が施された布袋が置いてあった。
二人ともこのような飾り物については知識がないらしく、挨拶を交わしながら、その二つの袋に目を注いでいた。
フラウ王女は、白を基調にした袋を取り上げるとジェシカ王女に手渡し、袋を開くように促した。房のついた赤い紐を解くと中からは赤い小刀が出てきた。ジェシカはその手にズシリとその重みを感じていた。
「ジェシカ!これは、護身用の刀(katana)というものだ。勿論装飾品としての価値も十分に備えているはずだ。これを私の結婚式の祝いの品として受け取ってほしい。これは、世界中探しても10本しか造らせていない。私の大事な家族にだけに持っていてもらいたいと思っている 」
実際その小刀は、先の卑弥呼とエーリッヒ将軍との模擬試合において、卑弥呼が使用したものである。そして卑弥呼は『 ハザン帝国の剣神 』エーリッヒ将軍に勝利した。
その時、卑弥呼が使用した小刀と同じ業物であった。
ジェシカ王女の場合、剣を使用することはないため、護身用また装飾品である。
ジェシカにとっては武器としての刀というより、姉の心の篭った家族への贈り物としてとても貴重に感じ、喜びを隠せないでいた。
そしてフラウ王女はもう一つの紺色の袋に目を注ぎながら、ホッテンボロー王子に向き直った。そして、ジェシカ王女に話した内容を理解した上で、もし彼が受け取ってくれるのであれば、非常に嬉しく思うのだが、、、と王子の目をじっと見つめた。
「万が一、妹ジェシカに危険が及んだ場合、この小刀を使ってでも彼女を守ってはくれないだろうか?」
プリエモ王国の第一王位継承者ホッテンボロー王子は、フラウ王女の言の意味するところを直ちに理解したようで、紺の袋を持ち上げて黒い紐を解くと、中の小刀を取り出した。そしてフラウ王女王女とジェシカ王女の顔を交互に見ながら大きくうなづいた。
王子は一気にその小刀を引き抜くと、私は生涯、自分の命に替えてもジェシカ王女を守りますとキッパリと言い切った。
彼のその声には少しの気負いもなく、既にそれがあらかじめ定められた自分の使命であるかのように誇らしい顔を見せた。
「お姉様!有り難う御座います。私達二人のことを応援してくださってとても感謝しております。私もボロー様のこと、お姉様の婚約披露パーテ イ でお会いして以来、ずっとお慕い申し上げております 」
フラウリーデ王女は、実際にジェシカ王女が嫁ぐのは2〜3年後になるだろうが、ジェシカのこと宜しく頼むと頭を下げた。
そして今この段階でジェシカ王女に抜けられると、王国の科学技術省と研究所そのものが全くたち行かなくなってしまうだろうと付け加えた。
ホッテンボロー王子は、トライトロン王国におけるジェシカ王女の置かれている現在の立場を十分に理解していた。フラウ王女がトライトロン王国とプリエモ王国の関係をより盤石なものとするために日夜腐心しており、現在ジェシカ王女がその実現のための重要な鍵を握っていることに関しても彼はとても誇らしいことだと感じていた。
フラウ王女にとっては、幼馴染であるホッテンボロー王子がジェシカ王女の結婚相手だと、心強く安心感もあった。また、その結果として両王国の絆が更に盤石なものとなり、世界の平和に貢献できるとも考えていた。
二人がフラウ王女の部屋を出てしばらくして、義姉卑弥呼が部屋を訪ねてきた。
卑弥呼はフラウ王女に、結婚祝いを持ってきたぞといいながら着物の袖から小さな小物入れ(無限収納袋)を取り出すと、その中手を入れた。
そして赤、緑、乳白色及び濃い青の宝玉で拵えられた首飾りを取り出した。
卑弥呼の話によるとそれは、邪馬台国で採れた宝玉を削り磨いて造られた色々な色の勾玉というものに細い紐に通したもので、その首飾りを持つ者は邪馬台国では巫女の地位を示し、所謂、巫女の象徴となる首飾りらしい。
「王国には無い、初めて見る首飾りです。この宝玉の形は独特ですね 」
「良かったら結婚式にはこれを着けて出てくれないかのう。フラウにはもう既に十分にそれをつける資格があるとわしは思うておるが、、、」
その勾玉でできた首飾りにフラウが触れた途端、それぞれの宝玉が独特の輝きを発し始め、やがてその光は次第に収まった。卑弥呼は、『どうだ 』というような顔をしていた。
その勾玉はフラウを正当な持ち主と認めたようである。
卑弥呼が云うようにフラウ王女は巫女としての素質が既に備わっているようであった。
「刀(katana)といい、勾玉といいフラウは好かれる素養を持っているようじゃのう 」
卑弥呼は再び小物入れの中に手を入れるとブツブツと言いながら、何かを取り出し始めた。今度は大きな紙の袋のような物に包まれたものが取り出された。卑弥呼はその紙袋の縛りを解いた。
フラウ王女の目の前に、総刺繍であしらわれた煌びやかな邪馬台国の『 着物(kimono) 』が広がった。
小さな袋から大きな着物とそれに付随する色々な小物が出現するそのさまは、珍しさを通り越して不気味でさえある。
フラウ王女は邪馬台国で着物と呼ばれているそれを見て、一目でその煌びやかな美しさに目を奪われ、それから目を離すことができず、思わず感嘆のため息が出てしまった。
卑弥呼を魔法陣のある洞窟まで迎えに行った時にフラウ王女は、卑弥呼がその袋の中から銅鏡を出したのを見ているので、決して疑っていたわけではないが、袋の中は本当に邪馬台国の卑弥呼の部屋と直結していることを実感していた。
そのことを知らない者がこの状況を見たら、確実に卒倒してしまうだろうと思うと、一人でに笑いが込み上げてくる。
「お義姉様!それにしても、その小さな袋から色々な物が出て来る様子は何んとも心臓に悪いですね!知らない人がお義姉様が取り出す様子を見たらきっと気絶してしまいます、、、」
「確かにそうかもしれんのう。この世界にはこのような優れものは無さそうじゃからのう 」
「フラウが着てくれると、わしは嬉しいのう。異国の姫君に何としてもこの邪馬台国の伝統衣装の着物を着てもらいたかったのじゃ。フラウの着物姿を早よう見てみたいのう。きっとよく似合うはずじゃ 」




