6−16 夜明け前
フラウ王女可愛さに卑弥呼がトライトロン王国に干渉したことが王国の世界の時間経過を大きく促進させてしまった可能性は否定できない。
それでも新しい次世代への橋渡しの主役は、フラウリーデ王女とクロード近衛騎士隊長の2人を中心とする若い世代にあると卑弥呼は考えていた。
また、その世界の産業の発展に関する技術革新は、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長が先導してくれるはずだとも、、、。
フラウ王女が最終的にトライトロン王国の化学者サンドラ・スープランとプリエモ王国の科学者リーベント・プリエモール男爵の二人を起用して以来、トライトロン王国の未来技術創世に必要な人材も徐々に集まり始めてきた。
この化学庁長官と科学庁長官に予定されている二人の研究責任者は、やがて来るであろう産業革命に関する新たな技術開発の大きな流れを方向ずける運命を背負っていた。
しかし、未だこの時点では邪馬台国の卑弥呼を除けば確実にそう認識できている者は誰もいなかった。
「卑弥呼お義姉様から直接ジェシカ達にこれからの未来のお話をされたらどうですか?」
「いや、わしは世界を変える役割を果たす大きな局面に自分達が立っていることをあの二人自らに感じて欲しいと思っておるのじゃ 」
確かに卑弥呼がいうように、既にトライトロン王国の運命を大きく変えるいくつかの事件に関しては既に卑弥呼が関わってしまっていた。
その始まりはハザン帝国との戦だった。もし邪馬台国の卑弥呼が介入しなかったとすれば、恐らくトライトロン王国の存在そのものが無くなってしまった可能性は高い。
それを回避しようとすれば、フラウ王女は王国を存続させるために貴族連合に頭を下げ、場合によっては自分自身を人身御供にささげ、筆頭貴族であるハウゼンストク・ゼークスト公爵家と盟約を結ぶしか方法は残されていなかった。
クロード近衛騎士隊長は、そのことを考えると居ても立ってもいられない気持ちになり、今更ながら卑弥呼に感謝するのだった。
「お義姉様!珍しくクロードと話し込んでおられますね 」
「いやな、クロードがお前に剣で敵わなくなったから、剣の指南役をおりたいとか言いおったので、叱っておったところじゃった 」
「クロードは、摂政となっても私の剣の指南役をするつもりなのかな?」
婚約者フラウリーデ王女の皮肉にクロードは、あっ!と言いながら自分が見当違いのところで一人走りしていたのを悟って、頭を激しく掻いた。
クロード近衛騎士隊長のこれからの仕事は、彼の政治的手腕でトライトロン王国や周りの国家の重要人物をしっかりとフラウ王女に引き付けさせることが中心となるはずである。
やがてそう長くしないうちに、この世界にはこれまでにないほどの大きな産業革命の嵐が吹き始めることになる。
フラウ王女は、自分が本当に王国や周辺国の牽引者となることについては大きな疑問を持っていた。彼女自身、自分では何が何だかさっぱり分からない内に、周囲がどんどんと回り始めてきていた。
フラウ王女は時として自分だけが置いてけぼりになりそうで不安になるのだった。
今現在のトライトロン王国は、産業革命の大きな嵐が吹き始めるまでの短い凪の時間であった。
やがて産業革命の嵐は徐々に始まり、やがて急速に吹き始めることになる。一旦革命の歯車が回り始めるとそれは、おそらくもう誰にも止められなくなってしまうだろう。
それでも、それを最初に回し始めたのは他ならぬフラウ王女自身である。
ジェシカ王女やニーナ蔵書館長それにサンドラ・スープラン長官やリーベント・プリエモール男爵にしても、フラウリーデ王女作り出した舞台の上の俳優に過ぎなかった。その演出家はやはりフラウ王女自身なのである。
「卑弥呼お義姉様!私はこの大きな歴史の転換点で本当にその舵取りをするのに相応しい人間なのでしょうか?」
「フラウ!蔵書館の蔵書で未来に起こりうる産業の発展の様子をもう一度よく見ておく方が良い。『 東の日出る国 』の蔵書をじっくりと読み解くのじゃ。必ずお前の目指すべき方向性が見い出せるはずじゃ 」
卑弥呼の言わんとしていることはフラウ王女にもよく理解できていたのだが、これまでずっと剣一筋に打ち込んできた彼女にとっては、専門分野外との考えは否めず、今ひとつ自信が持てないでいるのも確かだった。
王国を運営する女王には全て何もかもを理解し得る能力を持っていなければならないと考えてしまう若いフラウ王女にとって、やはり自分の知らない未知の世界に関する恐怖感は決して小さくはなかった。
「専門家の意見を正しく聞く耳を持つ者こそが、真の為政者じゃ。とはいえその前にちゃんと自分で理解しようと努力することは更に大切じゃがな、、、」
そして卑弥呼は産業革命に関する二人の話を打ち切った。
そしてフラウ王女がトライトロン王国における最高の剣士『 龍神の騎士姫 』の二つ名で、世界の歴史書により永遠に語り継がれていくであろうことに話題を変えた。
「私の『 渾名 』がですか?」
「そうじゃ。お主の住む世界で歴史の表舞台で剣の勇者としてその名を残せるのは、今のところフラウ!お前ただ一人だけじゃ 」




