6−13 真剣での模擬戦(1)
ヒミコ(卑弥呼)とエーリッヒ将軍二人の模擬試合の当日がやってきた。
この日の卑弥呼の装いは、邪馬台国で 『 着物(kimono) 』と呼ばれているものを着ていた。そのため、ラウリーデ王女は一瞬怪訝に思い卑弥呼に思念により尋ねてみた。
「『 大和の国 』では、特に珍しい出立ちではないぞ!というより、支配階級の者達は普通にこういう着物を着ている。場合によっては戦う時でさえもな、、、 」
卑弥呼はフラウと二人だけの時は普通に大和言葉の言い回しで思念してくれる。
フラウは卑弥呼の大和言葉の言い回しを聞いていると自分の心の中が安心感で満たされていく。
完璧なまでのトライトロン王国の言葉を使いこなすヒミコ(卑弥呼)は、フラウ王女からすればむしろ少し距離感を感じさせていた。
「ほれ!フラウが邪馬台国に二度目にやってきた時、フラウから剣の指南を受けたことがあったよのう。あの時、わしはこの邪馬台国独自の着物を着ての戦いを1回経験してみたかったのじゃ、、、 」
子供のようなことをいう卑弥呼の着ている着物は極めて薄い水色の生地に赤や緑や黄色などの刺繍でかざられ、彼女の白銀の髪と黒い瞳と白い顔を際立たせていた。
またその腰には少し狭めの濃紺の正絹に白の糸で刺繍が施された帯が締められ、卑弥呼の美しさと姿勢の良さを更に引き立てており、卑弥呼のその出立にフラウ王女は、はーっと大きな溜息をついた。
「とても綺麗です。こんなカッコ良い女の人を見たのは初めてです 」
「嬉しいことを言ってくれるよのう!フラウの心の中から出てきた言葉だから、余計に嬉しく思うぞ 」
ヒミコはエーリッヒ将軍との模擬試合をもう待てないとばかりに、その眼が怪しく光り始めた。
「フラウよ!これはわしの感じゃが、エーリッヒ将軍が純粋に自らの持てる剣技の全てをぶっつけてきた場合、この世界で彼に勝てる者は極めて少ないような気がしているぞ。今の段階では、、、。恐らく、フラウであっても相当難儀するじゃろうて 」
事実、エーリッヒ将軍の剣の技は既に神の領域に到達していた。その意味からすると、『 ハザン帝国の剣神 』の二つ名は決してオーバーではない。少なくともハザン帝国においては彼より剣技に優れた人間は存在していなかった。
剣神の域に達した彼であるからこそ自分の大切な者に本当の危険が及ばない限り真の力を発揮することはないと思われた。
しかし一旦、自分の身内が傷つけられるようなことが起こった場合、その時こそ彼の真の力が鬼神となり如何無く発揮されるはずである。
「フラウ王女も既に理解できていると思うが、ハザン帝国侵略の際のフラウと将軍との決戦、あの時将軍はフラウの剣筋を見て純粋にお主を育てたいという気持ちが本能的に働いていたとわしは見ているのじゃが、、、 」
「本当にそうでなのしょうか?」
「裏を返せば、ハザン帝国には彼の眼鏡に叶う人材が誰もいなかったということなのじゃろうな 」
確かに将軍が鬼神となって敵意を持って自分を殺しに掛かった場合、全く勝てる気がしなかった。フラウ王女はハザン帝国から差し向けられた暗殺部隊との戦いや家族の救出作戦の時のエーリッヒ将軍の鬼神のような姿を思い出していた。
「そうかもしれないのう!今の将軍から本気の彼を引き出すことはなかなか難しそうじゃがな!」
ヒミコ(卑弥呼)は、エーリッヒ将軍の近衛騎士との模擬試合を見るためにこの鍛錬場をのぞいたことがある。その時、『 ハザン帝国の剣神 』の二つ名は決して眉唾でなかったことを感じ取っていた。ヒミコ自身、剣技という意味での実力はフラウリーデ王女やエーリッヒ将軍には劣っている。
しかし、彼女の最も強力な技は瞬間的移動と相手の攻撃を一瞬事前に察知できる能力である。ヒミコは、エーリッヒ将軍と模擬試合を前に、久々に自分が戦える悦びにとても高揚しているのを感じていた。もしこの機会を逃せば二度と真の剣神と戦う機会は得られないような気もしていた。
フラウ王女はヒミコとクロード近衛騎士隊長を伴って鍛錬場に入っていった。今日の卑弥呼の腰には昨日フラウから贈られた赤い小刀が履かれていた。フラウ王女の腰の赤い長刀も歓喜の喜びで振動ていた。また、それに呼応するかのように、卑弥呼の持つ小刀も震え始めた。
卑弥呼が鍛錬場に入った途端、場内にざわめきが沸き起こった。今回の将軍の対戦相手が、不思議な服装をした白銀の髪、黒い目の着流しスタイルの若い女性であったからである。
鍛錬場にいるトライトロン王国の騎士達は、そのほとんど全員が着物姿の人間の姿を見るのは初めてであろう。銀色の髪、黒い瞳もさることながら、彼女の着ている着物は、一際注目を集めている。
一見、鍛錬場では似つかわしくない着物なのであるが、それを彼女が着て、腰に刀を差していると、異国の剣士に見えてくるから不思議である。




