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6−11 持ち主を選ぶ刀(katana)

 刀匠(とうしょう)ストムガーデ イ は、エーリッヒ将軍の腰に差している刀(katana)を懐かしそうに見ながら、一眼だけでも見せてほしいと頭を深々と下げた。そして彼は将軍の刀を受け取ると、その刀を少しづつ抜きながら大きく溜息をついた。


 彼はとても感慨深そうにしばらく眺めてたが、エーリッヒ将軍に返すと、今回自分の(きた)えたこの刀はその刀の域に達しているのでしょうかといいながら、荷をほどき始めた。


 テーブルの上にズラーっと並べられた10本の小刀。フラウ王女が予想外だったのはその10本の小刀のほかに黒い(さや)に入った長刀と、赤い(さや)に納められた長刀より(こぶし)ひと握り分ほど短かめの刀がフラウ王女の心をとらえて離さなかった。

 特に赤い長刀はフラウ王女の心を鷲掴(わしづか)みにした。まるでその刀はフラウ王女に自分を見てくれと主張しているようにすら感じられた。


「その赤い刀、私に見せてもらっても良いかな?フラウ王女殿!」


 そういうと、エーリッヒ将軍は迷うことなく赤い鞘に納められた刀を手に取り、最初に()の握り具合を確かめた。そして大きくうなづくと、鞘から刀を少しずつ抜き始めた。刀の刃の放つ妖しい光がフラウ王女の部屋の中を満たし始めた。フラウ王女はもうその一瞬でその刀に魂を完全に奪われてしまった。


 そしてその赤い刀こそは、ストムガーデ イ がフラウ王女のために鍛造(たんぞう)してくれた刀だと直ちに理解していた。


 エーリッヒ将軍は刀を鞘に戻すと、フラウ王女に手渡しながら、この刀は免許皆伝(めんきょかいでん)の王女が持つに相応(ふさわ)しい一品に仕上がっていると何度もうなづいた。


「これで、名実共に居合抜刀術(いあいばっとうじゅつ)の後継者が誕生しました。私はそれだけでもトライトロン王国に身を置いた甲斐(かい)がありました 」


 エーリッヒ将軍が心の底から喜んでいるのがフラウ王女にもはっきりとわかった。


 フラウ王女は、その刀の完成に将軍の娘ニーナ・バンドロンが深くかかわており、彼女の知識なしでは完成には至らなかった逸品(いっぴん)であることを将軍に告げながら彼に深く頭を下げた。


「御息女のニーナ殿には相当な負担をかけてしまいました 」

「そうでしたか、娘は城でのことは何も話しませんから、、、」


 実際、フラウ王女の目の前にあるその刀(katana)は、刀鍛冶に必要な材料調達方法から精錬炉(せいれんろ)の作り方、さらにはその鍛造(たんぞう)方法を全てニーナ・バンドロン一人で調査していた。その情報が無ければ、いかにストムガーデ イ が優れた刀鍛師であったとしても絶対に完成できなかった逸品(いっぴん)のはずである。


 フラウ王女はエーリッヒ将軍から手渡された刀(katana)の()を握った。フラウの(てのひら)の大きさを測ったわけでもあるまいに、その刀の柄はフラウの(てのひら)にピタリと吸い付くように自分から馴染(なじ)んできた。その刀の握り具合は、あたかも自分の主人を見つけたかのように、自分から彼女の掌に吸い付き、既に使い慣れた剣のように感じられた。


 フラウ王女は刀を鞘から少し抜いてみた。その途端キーンという乾いた高い音と共に妖しい黄金の光が部屋中にあふれれ始めその場を支配した。

 エーリッヒ将軍は、どうやらその刀(katana)はフラウ王女を自分の(ぬし)と認めたようですねと感慨深そうにつぶやいた。


「それにしても、これほどの自己主張を持った刀(katana)を今でも鍛造(たんぞう)できるとは、やはり長生きはしてみるものだな。ストムガーデ イ !」


「将軍様!誠にもったいないお言葉です 」


 エーリッヒ将軍はストムガーデ イ の肩に手を置くと、自分の刀とラングスタイン大将の刀についても今後は面倒を見てほしいと頭を下げた。

 ストムガーデ イ はその将軍の言葉に、むしろ自分からお願いしたいことだと深々と頭を下げた。そして『 ハザン帝国の剣神様 』とつぶやいた。


「ほう!エーリッヒ将軍は『 ハザン帝国の剣神 』の二つ名をお持ちだったのか?私には何も教えてくれなかったが、、、」

「王女様!それはうわさ好きの者達が勝手につけた渾名(あだな)です。結局は人殺しの象徴に過ぎませんから、自分からいいだす必要は無いかと、、、 」


「確かにそれもそうだな。それにしても今日は思いがけず良い話が聞けた 」


 そういいながらフラウ王女は刀を完全に抜き終わると、じっくりと刃の反り具合と刃の部分にぞくっとするように刻まれている波紋にすっかり目を奪われ、ひとりでにニヤニヤが止まらなかった。


「ストムガーデ イ 殿、その黒い長刀も見せてもらっても良いかな?」


 エーリッヒ将軍の問いかけに、ストムガーデ イ は少し自慢げに黒い長刀を差出した。

 将軍はその刀を受け取るや否やソファから立ち上がり呼吸を整え全く気を発することもなく一気に抜刀した。だが次の瞬間にはその刀はすっかり鞘に納まって、その後を追うようにチャリンという小気味良い響きが上がった。並の人間であれば将軍が刀を抜いたとは分からなかったであろう。


「この刀は、クロード近衛騎士隊長殿が持つのに相応しい刀に仕上がっている。クロード殿もここに呼ばれたらどうですか?確か今は鍛錬場に居られるかと!」


 侍女シノラインの連絡をもらいクロード近衛騎士隊長は、待ちに待った自分用の刀ができ上がったと聞き、息を切らしながら、フラウ王女の部屋へと入ってきた。


「珍しいな!クロードが息を切らすくらいあわてるなんて?」


 クロード近衛騎士隊長は口にこそ出すことはしなかったが、刀ができ上がるのを心待ちにしていた。そのため自分用の刀が完成したと聞いただけでうれしくて童心に戻っていた。

 小刀はともかく、自分用の長刀まで完成しているとは全く考えていなかったため、フラウ王女の部屋へと走りながらもその心は大きく踊っていた。


 この時点で、クロード近衛騎士隊長は『 神道無限流(しんどうむげんりゅう) 』を完全には習得はしていなかったが、ラングスタイン大佐と多くの模擬試合を経験しながら、刀(katana)が欲しいと考えるようになっていた。それは、彼が既に心の中で大佐の刀の技を継承する覚悟を決めていたからなのかもしれない。

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