表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/434

6−9 秘密諜報員3(侯爵家)

 王都から馬で2時間くらいの隣町に、質素ではあるがとても気品にあふれるラウマイヤーハウト・リンネ侯爵家の(やかた)がある。


 今その館で親子、いやそれ以上に歳の離れた若い女性諜報員マリンドルータの報告をリンネ侯爵は静かに聞いていた。


 この二人に血の繋がりは全くない。

 マリーンドルータの父親は、リンネ侯爵の腹心であったが、友の裏切りに会い、殺されてしまった。そしてそのあとを追うように母親は自殺してしまった。一度に身寄りを全て失った彼女は天涯孤独の身となり、侯爵領のスラム街で過ごす日々を送っていた。

 そして、ある日暴漢に襲われている時に偶然に自分より年下のフラウリーデ王女に助けられた。


 そして子供のいないリンネ侯爵は親友の忘れ形見であるマリンドルータを養女として迎え入れ、以来実の娘同様に扱ってきていた。彼女もリンネ侯爵を実の父親のように慕っていた。


 マリンドルータ・リンネが侯爵家の諜報員になりたいと養父に申し入れた時、リンネ侯爵は猛反対した。当然のことなのであるが、諜報員の仕事は常に死と隣り合わせである。目に入れても痛くない実の娘同様に可愛がっている彼女をそういう危険な場所に行かせたくないという親心が優先していたからだ。


 確かに彼女は実の父親譲りの剣の取り扱いに()けた娘ではあったのだが、やはりいつも危険と隣り合わせの諜報員の任務につけたくはなかったというのは当然の親心であった。


 それでも、娘可愛いさに無碍(むげ)に断ることもできず最終的には彼女の熱意に負けて諜報員になるのを許していた。それでも心配のあまり娘には黙ってこっそりと侯爵家随一の剣の使い手シトレース・ダウマンを影としてつけているのだった。

 このシトレースはマリンドルータの剣の師匠である。


 もちろん、マリンドルータはそのことを知っていたが、父の思いを有り難く感じ故意に知らないふりを通していた。


「王国科学技術省が設立され、研究所の建設ももう始まったわけか?それで、研究者や技術者は既に集まっているのか?」


「王都で噂好(うわさ)きの者達によれば、技術省に二人の長官を迎えることになっているようです。一人は王国内ではその評判が賛否の真っ二つに分かれているサンドラ・スープランという女性化学者です 」


 リンネ侯爵もサンドラ・スープランという化学者のことについてはその名前くらいしか聞いたことがなかったためか、これといった反応はなかった。そしてマリンドルータにもう一人の研究者の名前を促した。

「で、もう一人の研究者とは?」


 マリンドルータ・リンネは、不可解なことなのですがと前置きして、それがプリエモ王国で変わり者の科学者として名高いリーベント・プリエモール男爵が選ばれていることを報告した。

 プリエモ王国の名前が出た途端(とたん)、リンネ侯爵はその選択がトライトロン王家の戦略の一部なのかもしれないと直感した。


 シュトクハウゼン・ゼークスト公爵が貴族連合体を結成し王国の飛行船開発を阻止するか、あるいはその成果を奪おうとする可能性を王国は十分に予測した上でのプリエモ王国からの技術者選別ではないだろうかと、リンネ侯爵はぜひそうあって欲しいと願った。

 そして彼はマリーンドルータにつぶやいた。

 

「近い内にジェシカ王女様とプリエモ王国の第一王子との婚約の発表があるかも知れないといううわさもあり、その足掛かりとしてプリエモ王国の技術者プリエモール男爵を迎え入れようとしていると考えれば、、、」


「もし、そうであれば研究成果の分担も含め、両国は強力な同盟国となり、ゼークスト公爵が反乱を起こしたとしても、、、」


 マリンドルータ・リンネは独り言のようにつぶやいた。


 この時、リンネ侯爵とマリンドルータの行き着いた結論は同じだったが、実際のところは、第二王女ジェシカとホッテンボロー第一王子が、お互いに好き合ったというのが真実だった。フラウ王女の本来の目的はプリエモ王国と技術同盟を締結することであったのだが、それが最終的に貴族連合軍の牽制にもなるであろうことは考えないでもなかった。


「しかし、それにしてもそのような高等戦術を一体誰が考えられたのでしょうか?私が見る限りエリザベート女王様にしてもフラウ第一王女様にしても、そのような策を(ろう)されるお方ではないと聞いておりますが、、、」

・・・・・・・!

「ましてスチュワート摂政殿が娘を取引の材料にするようなことは、絶対にあり得ないと見ております 」


 リンネ侯爵は、経緯がどうであれ、陰で誰かが動いているにしても、トライトロン王国全体としては悪くない方向に進んでいるように感じた。それでも彼はトライトロン王国とプリエモ王国との関係が妙に気になっていた。

 今回の研究責任者の一人にプリエモ王国のプリエモール男爵が偶然に選別されたとは思えなかった。その裏にはトライトロン王国側の意図的な戦略性があるのではないかと考えるのが普通妥当であろう。


 とはいえリンネ侯爵の知る限り、エリザベート女王とスチュワート摂政に限ってジェシカ第二王女を取引の材料にすることは絶対にあり得ないとも考えていた。


「もしかしたら、そこには第二王女ジェシカ様ご自身のご意志が含まれているとは考えられませんか?」


「そうであってほしいと思っているが、、、マリンよ!その点についても更に調査を進めてくれ。また併せてプリエモ王国とトライトロン王国の関係に関する情報収集も併せて行ってくれないだろうか。国境を越えるのに必要な通行手形はわしが用意する 」


 マリンドルータ諜報員が侯爵邸を後にしてから1時間くらい経って、一人の若者が侯爵邸に向かっていた。門兵とはかなり親しいらしくしばらく話をした後、侯爵邸内へと入っていった。


「侯爵様、ご無沙汰致しております 」

「お主から連絡のないことはマリンが安全である証拠だからと安心しているが、今日はひとつ頼まれてくれないか?改めてわしが頼まなくてもお主はやってくれるとは思っているが、、、」


「何でしょうか?」

 

「実はマリンにプリエモ王国での調査をさっき頼んだ。王国外での諜報活動は恐らく初めてなので、それとなくお前も影として守って欲しいのだが、、、」


 リンネ侯爵にとってマリンドルータは、目に入れても痛くない娘である。他国での諜報活動を命じたものの心配でたまらなかった。そこで、侯爵家の中で最も信頼している諜報員にその援護を命じた。


「マリンお嬢様は既に私より優れた剣の使い手ですが、、、」


「剣だけが凶器とは限らんだろう、特に異国ともなれば。何が起こるか分からんから用心に越したことはない 」


 シトレース・ダウマンと呼ばれた秘密諜報員はリンネ侯爵の依頼に、自分の命に代えてもマリンドルータ姫に傷をつけるようなことは絶対にさせませんと言い切った。


「有難う。宜しく頼んだぞ 」


 このシトレース・ダウマンはマリンドルータの剣の師匠であり彼女の陰の守護者である。

 彼はマリンドルータ・リンネの結婚後には侯爵家の将軍となり、侯爵軍の指揮をとることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ