6−8 秘密諜報員2(公爵家)
公爵家の諜報員シュタインホフ・ガーナの話を総合すると、今回のトライトロン王国の飛行船開発にあたってはプリエモ王国から『 錬金術師 』が選任されていることが明確になった。ゼークスト公爵はその人選が偶然と考えるのは少し危険なような気がしてならなかった。
これまで、たかが小娘どもとたかを括っていたゼークスト公爵であったが、ここに至ると少し考えを改める必要があるのではないかと考え始めた 。そうなると早いうちにプリエモ王国にまで足を伸ばし、詳細な情報収集の必要性を感じ始めた。
ゼークスト公爵は、トライトロン王国の戦略が今ひとつ十分に理解できないことに、若干のあせりを感じながらも、状況がどうであれ、小娘どもの成果をそっくり奪ってしまおうという短絡的な考えはそのままで、自分の中の疑問に終止符を打ってしまった。
「それにしても、そのような偏屈者ばかり集めて、本当にハザン帝国で開発中の戦争用の飛行船が完成できるのか?シュタインホフお前はどう見てる?」
「私の知る限りフラウリーデ王女にしてもジェシカ王女にしろ、そこまでの戦略性は感じませんので、なんとも理解できない状況です、、、」
ゼークスト公爵はその時、先のハザン帝国との陸戦や、今回の飛行船開発の人選などに関して、トライトロン王国には自分達の知り得ていない『 知恵者 』もしくは『 軍師 』が存在しているのではないかと思い至った。
先のハザン帝国との戦の成果を見る限りにおいても、どう見てもフラウリーデ第一王女だけの作戦とは考えにくかったからである。
「王国には有能な策士が存在しているのか?第一王女の婚約者のクロードだということはないのか?」
シュタインホフ・ガーナ諜報員は、王国内に優れた『 軍師 』の存在を考えていたが、これまでの彼の調査結果からクロード近衛騎士隊長は第一王女の剣術の指南役であり、そこまでの戦略性を持った策士ではあり得ないと感じていた。
ゼークスト公爵はシュタインホフ秘密諜報員からのだいたいの報告を聞き終わると、彼からの情報がなんとなくベールに包まれて、今一つはっきりしないことに苛立ちを覚えた。そして入手できている手元の情報だけでは明確な方向性を打ち出すことができないことに焦りを感じないではいられなかった。
彼は仕方なく、シュタインホフ・ガーナ諜報員に更なる調査を命じることでその話を打ち切ってしまった。
そして、最後にトライトロン王国内における顔の見えない『 軍師 』の存在について更に深く調べるようにと命じた。
「了解しました。それでは次は王都第一王女の結婚式の時に、、、」
シュタインホフ・ガーナ秘密諜報員は音もなくゼークスト公爵家の応接室を出ると、問題の核心となる可能性のある王家に存在しているかもしれない戦略家の実在を含めて調査すべく再び王都へと馬を急がせた。
応接室に一人残ったゼークスト公爵は、どの道小娘共の出した成果はすっかり奪い取ってやると強がりを言ってはみたものの、トライトロン王城の中で自分達の把握しきれていない多くの動きがが存在していることに、無性に焦りと苛立ちを感じていた。
「一体、誰なんだ?小娘たちを操っている『 軍師 』とは!本当に存在しているのか?」
先のハザン帝国との戦において、全くのダメージを受けることなく王国が撃退してしまった事実についても自分が見誤った可能性に思い至り、再び怒りが込み上げてきた。
当初ゼークスト公爵は、ハザン帝国の侵略にあたり、王国軍が不利な状況に追い込まれるのは必至だと考えていた。そのため頃合いを見計らって公爵家の私兵を投入してハザン帝国を窮地に追い込み、その功を条件に公爵家の次男と第一王女フラウリーデとの政略結婚を目論んでいた。
ところが、予想外のことに王国は全くの無傷でハザン帝国をたった10日もかけないで撃退してしまったため、公爵の計略は脆くも崩れ去ってしまっていたのだった。
ゼークスト公爵はハザン帝国軍3万の兵士が王城に向かって侵攻中であるという情報を入手するや否や、公爵家が所有する10,000名の私兵にいつでも出撃可能な体制を取らせていた。彼は戦況に応じトライトロン王国に味方して恩を与えるか、もしくはダメージを受けた王国を滅亡に追いやるかの両面作戦で考えていた。
だが実際に戦が終わったときには、王都軍7,000名は誰ひとり欠けることもなく指揮高揚の状態のまま残ってしまった。
結局公爵家の陰謀は全くの無駄骨に終わってしまっていた。
しかも祝勝会の席上では第一王女の婚約まで発表されてしまった。正直なところ、この段階では自分の付け入る隙が全くないことに強い焦りを感じた。
かりにジェシカ第二王女と公爵家の次男を結婚させたとしても、第一王女フラウリーデとその夫が王国の実権を握っている限り、王国内で強い政治的権力を獲得できる可能性は極めて少なくなっると考えられた。
ひとまず第二王女の線で甘んじて、自分の息子と婚姻を結ぶことで徐々に王政に入り込み、完全に取り込んだ時点でクーデターでも画策するくらいしかゼークスト公爵に残された道はなかった。しかし、その場合だとフラウリーデ王女という大きなな存在を超えなければならないことになる。
その意味でも、そろそろ本気で結論を出さなければならない時期が近づいてきているような気がしてゼークスト公爵は強い焦燥感を覚えていた。
「それにしても、あの役立たずが!何のために高い給金を払って雇っていると思っているのか?公爵はシュタインホフ・ガーナの薄い唇を思い出しながら、拳をテーブルに叩きつけた 」
自分の読みの甘さが全ての原因であったことに考えが及んでいないゼークスト公爵の完全な八つ当たりであった。
一介の諜報員にできることなど所詮限られており、実際にはほとんど存在していないのが事実であった。公爵家の頭脳と諜報員からの正確な情報によってのみ、有効な戦略や戦術は生まれないという考えをゼークスト公爵は全く持ちあわせてはいなかった。
秘密諜報員から得られる情報を的確に把握し、最終決断を下すのは公爵自身と有能な公爵家の取り巻きでなければならないという考えがすっかりと抜け落ちてしまっていた。
さらに残念なことは、公爵の異常なまでの猜疑心が優秀な側近を身近におかないようにしていたことであろう。




