6−2 不思議な小物入れ
二人が魔法陣の前でしばらく待つと、五芒星の魔法陣が少しづつ光り始め、やがてまぶしい光の洪水とともに明らかに異国の女性と思える姿が少しづつ実体化してきた。
魔法陣の上からフラウ王女達も前に一瞬で転移してきた卑弥呼に、フラウ王女はやっと会えたと呟きながら、さらに卑弥呼に一歩近づき卑弥呼に抱きついた。
「それにしても、その髪はどうされたのですか?」
卑弥呼は少し恥ずかしそうに、トライトロン王国内で漆黒の髪を持つ人間は極めて珍しいと思われるから染めてきたと自分の髪に手をやった。
実際、初めて見る卑弥呼の純白の長い髪も極めて神秘的で神々しく見えた。到底人のものとは思えないような磨き抜かれた銀糸の髪と黒曜石の瞳、それに赤い唇が神秘的で、思わずフラウ王女の口からため息が漏れた。
「そうフラウに見つめられると、ちょっと照れるが、、、」
「もしかしたら、それがお義姉様のおっしゃられていた邪馬台国の冬景色、銀世界なのですか?」
卑弥呼は慣れないことをすると少し気恥ずかしい気もすると言いながらその白銀の髪に手を当てた。そしてフラウにも邪馬台国の白銀の世界を見せてやりつもりだが、まあ、その機会はやがてくるだろうと先を予測したような返事をした。
フラウリーデ王女は、今回卑弥呼が着ていた服に目が釘付けになっていた。先に邪馬台国で見た服とは全く異なっていたからだ。
卑弥呼は、フラウ王女が邪馬台国に転移してきた時は丁度肥後国との戦の真っ最中であったから、戦いやすいような服を着ていたと説明した。フラウ王女自分も戦に出る時は、厳い甲冑を身に着けるのが普通である。今日のフラウ王女は一国の王女としての少し手の込んだ装いである。
フラウ王女は卑弥呼が今着ている装いが彼女が言っていた『 着物(kimono) 』なのだろうと推測した。
「クロード殿!私がフラウの義姉邪馬台国の卑弥呼です。フラウのことをこれからも宜しくお願いします。無鉄砲な義妹だから何かと苦労かけるとは思うが生涯仲良くしてやってくれませんか?」
クロード近衛騎士隊長は、先程より驚きの連続でもう言葉を失っていた。
口をパクパクさせているが、うまく言葉が出てこない。結局聞こえてきたのは、命をかけても生涯フラウ王女を守りますの言葉だけだった。
それでも、婚約者クロード・トリトロンのその言葉を卑弥呼は待っていた。
その時初めてフラウ王女は卑弥呼が完璧なトライトロン王国の公用語を使っていることに気がついた。
「いつものお義姉様と違って別人みたいな気がします 」
「なーに、ここに飛ぶ前にトライトロン王国の言語の練習を少しやってきただけのこと。邪馬台国の言葉で話すとフラウとジェシカ以外には分からないだろうし、お主がいちいち通訳するのも面倒だろうと思って、、、」
フラウリーデ王女は、自分としては思念の中での卑弥呼の『 大和言葉 』の喋りが安心して聞けるのだがと思いはしたが、口には出さなかった。
卑弥呼は彼女なりの思いやりを持ってのことであろうからと、、、。
卑弥呼は早く王城に入りたかったのか、義姉をいつまでこんな所に立たせておく気だと洞窟から早く出ることを促した。そして、フラウ王女が自分のことを義姉と呼ぶことになると、今回の設定と辻褄が合わなくなるため、人前では当分ヒミコと呼んでくれと言いながら先に行くように促した。
確かに、そこまでは考えていなかったとフラウは自分の配慮の足りなさを反省しながら、卑弥呼を連れて城へと向かった。
そして一緒に歩きながら、フラウは卑弥呼が着替え等の入った荷物らしき物を何も持っていないことに気がついた。
結婚式までには未だ時があるというのに、着替えや化粧道具など何も持たずにやってきたのだろうかと不思議に思った。
「お義姉様!荷物は何も持たれていないようですが、結婚式まで10日ほどありますので必要なものがあったら城で用意させますが、、、」
卑弥呼は、よくぞ聞いてくれたと少し自慢げに着物の袖からきらびやかで小粒な宝玉でこさえられた小物入れを取り出し、フラウに差し出した。
「ほれ!この中に入っている 」
フラウは咄嗟に『 へっ 』と間の抜けた声を上げながら、卑弥呼から手渡された小物入れを手に取り、何にも入っていないようだとその袋の紐を解いて、その中に手を突っ込んだりしたが。やはりその小物入れの中には何も入っていなかった。
「お義姉様!何にも入っていないようですが、、、」
こんなに小さな袋であればどちらにしても何も入るはずはないと思いながら尋ねてみた。
卑弥呼の手渡してくれたその袋は、卑弥呼の言葉が真実だとすると、その中が魔法陣で通じている邪馬台国の卑弥呼の部屋と繋がっており、そして卑弥呼が自分が望む物を思い浮かべながら呪文と共にその袋の中に手を入れるとその目的の物がその袋の中から現れてくる仕組みになっているということのようである。
フラウ女王にとって、自分の世界ではそのような常識を逸脱したものの存在については、物語の中でも聞いたことはなかった。
「どんなに大きい物でもですか?」
「そう、水鏡でも護摩壇でも望めばこの袋の中から出てくる。これさえあれば、手ぶらでトライトロン王国を訪問しても何も困ることはない 」
急にそのようなことをいわれても、フラウ王女にとってはにわかには信じられるわけがなかった。
改めてその小物入れに手を突っ込んみたが、当然何も入っていない。
「疑うのであれば、何か試してみようか?お主がこの前、邪馬台国に来た時に最初に目に入ったものは何だったかな?」
昨晩眠りに入る前にフラウ王女は『 銅鏡 』に映し込まれた卑弥呼女王の顔を思い出していたので、目覚めて最初に義姉の顔を見ようとその鏡を見たことを卑弥呼に告げた。卑弥呼はあの『 銅鏡 』だなと呟きながらその小さな袋の中に手を差し入れ、呪文を唱えその最後に大和言葉で『 銅鏡 』とつぶいた。
すると袋から手を取り出した卑弥呼のその手の中には小物入れよりも遥かに大きい『 銅鏡 』がしっかりと握られていた。




