5−37 王国初の刀(katana)
早速二人は厩に行き、愛馬を撫でると早速手綱を引、今日は急ぐのでしっかり頑張ってくれよと愛馬に話しかけながら外に出た。そして馬にまたがり軽く鞭を当てた。
そういえば、昔よくあそこの丘までどっちが早く着けるかとクロードと二人で競争をしたものだった。フラウ王女が勝っことが多かった。
実際のところは、フラウが負けるとあまりにも悔しがるので、クロードは王女には知られないように、5回に3回程負けてやったものだった。その気遣いを知らないフラウ王女は、負けた時には非常に悔しがり、その次の日は必ずと言って良い程、クロードを付き合わせ再挑戦したものだった。
フラウ王女が馬に乗り始めたのは、クロード・トリトロンが摂政に連れられてフラウの剣の指南役になってから間もなくの頃である。その頃のフラウ王女はまだ小さくて馬に跨るのにクロードの手を借りていたものだ。そのくせ一旦愛馬に跨ると驚くような速さで馬を走らせるのだった。
クロードはフラウがいつ落馬するのではないかと心配しながらいつも追いかけていた。
クロードには両親がいなかったため、王国の第一王女の存在がどの程度重要なものなのかとかいう知識には疎かった。彼が、常識的な育ちであったなら、そしてエリザベート女王が若い頃フラウと同じようなお転婆娘でなかったのなら、このような破天荒な行為は決して許されなかったであろう。
フラウ王女の父であるスチュワート摂政は恐らくハラハラしながら二人の行動を見ていたはずである。
4時間程走り抜けて愛馬の息が少し荒くなった頃、目的の鍛冶屋に着いた。
ハザン帝国からトライトロン王国に亡命してきた鍛冶屋の棟梁ストムガーデ イ は、突然の王族の来訪にあわてて二人を迎え入れた。
「して本日は、どのようなご用件で?」
「依頼している刀の出来具合について話を聞きたいと思ってな、、、 」
ストムガーデ イ は、小刀については既にほぼ完成まじかまできているが、長刀となると反りや波紋、また肝心な鋼の強度や粘りの面で今少し検討が必要と考えていると答えた。
「何!小刀については、もう完成したものがあるのか?」
その小刀は未だ剥き身のままの状態ではあるが十本程最終研ぎの段階に入っており研磨小屋に置かれていた。彼の話では、後は鍔、握り部分の飾りそれに鞘を用意すればご提供可能だだろうと研磨小屋の方を指差した。
実際には本体以外の握り部分の素材や飾り部分についてもその特殊性から専門の作り手を数日前にやっと探し当てたところであった。
「もし可能なら、是非拝見させてもらいたいのだが、、、」
「わかりました。さあさあ! 」
そこにストムガーデ イ の愛弟子が鍛造し終わった長刀を持って、親方の前までやってきた。
「師匠、長刀一振りの鍛造がちょうど今終わりました 」
ストムガーデ イ はその長刀を受け取ると、近くにあった岩に力一杯叩きつけ始めた。1回、2回、3回、、、、、10回目にその刀は中央部分から真っ二つに折れてしまった。
側で見ていたフラウ王女とクロード近衛騎士隊長は驚いて口が開いてしまっていた。巨大な岩に力一杯叩きつけられた刀が9回目までは折れず、曲がらずに耐えたことが全く信じられなかったからである。
その結果にストムガーデ イ は満足そうにうなづきながら、可成り完成度は高くなってきたことを実感していた。それでも欲を言えばもう少し鋼の粘りが欲しいと考え、最後の一息だなといいながら、その折れた刀を弟子に渡した。
ストムガーデ イ が目指しているのは、王国内で使用されている大剣をこの刀(katana)で切断できるほどに鋭利で、且つ大剣を叩きつけられても折れない粘りもつ刀であった。
あきれ返っている二人を尻目に、ストムガーデ イ は研磨小屋へと向かった。
そこには、長短の多くの刀が置いてあり、小刀については既にフラウの顔をハッキリと写し込むことができる程研磨されて、見るからに怪しい光を放っていた。
短かい刀身ながらもゾクゾクするような波紋がちゃんと刻まれており、フラウは一眼でその刀の魅力に取り憑かれてしまっていた。
「ストムガーデ イ 殿、私は今日一緒に来ている近衛騎士隊長クロードと近く結婚することになっている。その祝いに特に親しい者にだけ護身用の贈り物をしたいと考えている。護身用にもなり、装飾品としてもかつ家宝に出来るような握り、鍔や鞘を早急に準備してもらえないか?」
・・・・・・・!
「費用はいくらかかっても王国が支払う。そうそう、その刀には『 刀匠ストムガーデ イ 』の銘を刻んでおいてくれ。それから本日より『 トライトロン王国の初代刀匠 』を名乗ることを許可する 」
ストムガーデ イ は刀(katana)の鍛造をあきらめていた自分に、再び刀を鍛造の喜びを与えもらったただけでも十二分に感謝していたが、この上も無い褒め言葉までもらい、誠に勿体ないと涙を浮かべていた。
「あと1ヶ月後迄に何本くらい完成できる?」
「10本程度なら自信を持って出せそうですが!」
フラウ王女は、何とか期日まで間に合わせ、王城まで持って来るように頼んで、その鍛冶屋を後にした。フラウは、そしてこれは確実に自慢の一品となるに間違いないと一人でに笑いが込み上げてきた。
フラウ王女はいつになく機嫌が良かった。久々に戦場での高揚感と同じものを感じていた。あの棟梁であれば、間違いなく『 愛剣シングレート 』に勝るとも劣らぬ名剣、いや名刀を打ってくれるはず。そう確信に近いものを感じていた。
「フラウ!とても嬉しそうですね。どうやらあの棟梁が打つ刀に完全に魅せられましたね 」
今こうして馬に乗っていても、フラウ王女はあの刀を思い出し身体の芯からゾクゾクするような感覚が突き上げてくるのを実感していた。完成した刀を振るう自分を想像すると一人でに笑いが込み上げてくる。
「やっぱり私には剣は捨てられない。いかなる状況になったとしても最後まで剣士でありたい 」
「フラウが『 龍神の騎士姫 』の二つ名を返上するのは未だずっとずっと後になりそうですね!」
帰りの馬上の二人。太陽が少し傾きかけたが、背中に当たる太陽の光は二人にどこまでも暖かく優しかった。
城門まではあともう少しである。
城門を潜ると、また新しい明日がフラウ達を待っている、、、はずである。
あの忙しい日々が、、、。
(第5話終わり)




