5−36 水鏡による結婚の招待
王国科学技術省の研究所の設立はサンドラ・スープランの参加により順調に進み始めた。当初、サンドラは自宅から城通いをしていたが、朝早く来て夜遅く帰る毎日にみかねたフラウリーデ王女は彼女のために用意した来賓室を使用することを半ば強制的に命じた。
それ以来サンドラは研究所設立に根を詰め過ぎ建設責任者を屡々困らせているようである。
技術者であるが故に、安易に妥協するのは許せないのだそうだ。確かに、フラウ王女から見ても、そういう部分は簡単に妥協すべきではないと思ってはいたが、サンドラ殿もあまり魂をつめないで程々になとだけいってすれ違った。
ジェシカ王女もニーナ蔵書館長も先般の詮議以来、再び蔵書館通いの毎日が続いていた。
そして、いよいよフラウリーデ第一王女とクロード近衛騎士隊長の結婚式の日が近づいてきた。フラウ王女は、久し振りに『 水鏡 』の前に立つと沸き立つ心を抑えながら呪文を唱えた。
『 水鏡 』の表面が直ぐに波立ち始め、やがて波は治まり懐かしい卑弥呼の端正な顔が写り始めた。
そして卑弥呼は絶品の微笑みを見せると、やっと結婚の招待状がきたようだな。待ち兼ねたぞフラウと破顔した。
「お義姉様!本当のお義姉様に逢えるのでしょうか?脳の中や『 水鏡 』では確かにお義姉様の顔を見ることができていましたが、今度こそは実物のお義姉様とお会いすることができるのですね 」
「そうじゃな!ところで、わしはどのような立場で結婚式に出るべきじゃろうかのう?フラウの腹違いの姉という立場だと、王位継承問題で、王国内であらぬ嵐が吹き荒れるかもしれんし、そうでなくても色々と邪推を招きそうだしのう、、、」
卑弥呼自身、単に招待者の一人として紹介されるのは少々不満と考えていた。とはいえ、自分の義理の姉という設定だと、継承問題でもめごとの種を自分から運んで来るようなものとも思っていた。
フラウ王女の父スチュワート摂政は、エリザベート女王が王都街で偶然出会ったのが馴れ初めであった。女王は一般人のスチュワートに恋をして周囲の猛反対を全て突っぱねて結婚にまで漕ぎ着けたという逸話がある。
何かの折に、フラウ王女はそのことを知ってしまった。母のそういう血を引き継いでしまったのか、フラウ自身王族や貴族家や一般人に関して大きなこだわりは無かった。
それでも、卑弥呼の立場次第では王城内や王国貴族達に余計な詮索を産んでしまうことくらいは十分に理解していた。
スチュワート摂政の出自に関しては、ほとんどの者が知らない。その意味では摂政の腹違いの年の離れた妹でトライトロン王国からは遠く離れた国に住んでいるという設定くらいが妥当なようにフラウ王女には思えた。
「摂政殿の妹とな?わしはフラウの義姉のつもりじゃったから、少々不満じゃが、まあそこら辺が妥当なところかもな。それだと顔の作りが王国と違っても何とでも誤魔化せるじゃろうて 」
フラウ王女の卑弥呼がいつ王国へ来るつもりなのかという問いに、彼女は今度は実態のまま魔法陣に乗って来るため、その準備があり、今日の今日というわけにはいかないだろうと答えた。
それにと、、、笑いながら今度は当然わしの食事も用意してもらう必要があるし、わしの相手もしてもらわないとならないと付け加えた。
「そのようなもの大したことはありません。私としては、一刻も早く直にお義姉様にお会いしたいと願っております 」
「可愛いこといってくれるよのう、フラウ、、、それでは10日後位ではどうか? わしとても女子故、色々と準備しなければならないことも多いのでな、、、」
義姉卑弥呼との話が終わり水鏡から卑弥呼の顔が消えると、フラウ王女はふと、鍛冶屋に鍛造を依頼している刀(katana)の進み具合が頭をよぎった。
翌朝、早速クロードの部屋に行くと、刀の完成具合を見に行きたいので、今日一日自分に時間をくないかと話した。
「昨晩、お義姉様とのお話が終わった後、急に刀のことが気になってな、、、」
と少し言いよどんだ。
「卑弥呼義姉様と刀が一体どんな関係があるのですか?」
「間に合えば、私達の結婚の証に親しい者へのお返しの品として装飾された護身用の小刀をと考えたりしていたのだが、、、」
クロード近衛騎士隊長は、結婚のお返しに刀(katana)は縁切りみたいでいかがなものかといいながら、それ以上に彼も刀の完成具合が気になるようであった。
フラウ王女は、人に刃物を送るとはそういう意味もあるものなのかと、ブツブツつぶやいていた。
その日は、クロード近衛騎士隊長も特に大切な用事は入っていなかったし、自分自身も刀の完成具合が気になっていたので、二つ返事でフラウ王女に従うことにした。




