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5−28 男爵からの条件

 リーベント・プリエモール男爵は、プリエモ王国内で学者としての評価は決して高くはなかった。

 むしろ煙たがられていると考える方が妥当かもしれなかった。それでも、実際には男爵の知識を荒唐無稽(こうとうむけい)と見下している派と彼の博識さとその実践力に恐れを抱いている派とに別れていた。 

 何れにしても決して快く受け入れられてはいないことだけは確かだった。


 彼の実力と周囲の評価のギャップに対するその反動が屋敷中を機械仕掛けのカラクリだらけにさせてしまったのかもしれない。


 その時、キリキリ、ゴロゴロと音が聞こえ、メイドの姿をしたカラクリ人形がワゴン車にお茶と焼き菓子を乗せて運んできた。

 男爵は少し照れたように、ここから先はわしがやらなければならないといいながらお茶と焼き菓子を自らテーブルにのせ始めた。


 そのメイド姿のカラクリ人形は、どうぞ皆様!ごゆっくりと硬い声を出して回れ右をしながら出て行った。


 お茶を飲み終わるまでしばらくの沈黙が続いた。男爵は急に思い付いたように内務大臣が同行してきているからには、プリエモ王国としては既に了解されていると考え、大臣に確認した。

 ナイトール大臣は、未だ非公式ではあるがと前置きしながら、近くプリエモ王国とトライトロン王国が技術同盟を結ぶ計画があることを話し始めた。


「そういうことであれば、もし、わしからの条件をトライトロン王国が了解してくれるのであれば、トライトロン王国に行くのもやぶさかではありませんな 」 

 少しの沈黙の後男爵はそう答えた。


「その条件とは、一体どんな・・・?」


 フラウ王女の問いに男爵は少し言い出しにくそうな様子で次の言葉が出てくるまで少し間を要したが、やがて心を決めたのか話し始めた。

 彼には今年19歳になった孫息子がいて、男爵からみれば未だ未熟な技術者である。しかしこれからの新しい機械の開発にはそのような柔軟性が高く、過去の実績や固定観念にとらわれていない若い頭脳なしには成功しないと男爵は考えていた。


「それでは、孫息子様とご一緒であれば、トライトロン王国の研究に参加しても構わないと、、、?」


 フラウ王女の問いかけに、男爵はそれが叶うのであれば自分の最後の大仕事としてトライトロン王国で思う存分力を発揮したいと真剣な顔を見せた。


 フラウ王女は、プリエモール男爵に他に必要な研究者が居れば、同行してもらうことには何の問題もないと話すと、男爵は、王女様は『 船頭多くして船山に登る 』ということわざをご存じですかなとたずねた。


「ラングスタイン大将!お主はそのようなことわざ聞いたことあるのか?」

「確かに、ハザン帝国では今でも使っておるようですが、、、」

「ほう、それがハザン帝国の軍部の独裁を許しきたのだな!あっと、申し訳ない独り言のつもりが声に出てしまったようです 」


「分かりました。導く者は一人の方がうまく行くということなのですね。それでは研究助手は必要に応じトライトロン王国内で、男爵殿の希望に沿った者をその時々で集めるということでよろしいのですね 」


 実際、研究助手であれば、王国内でも必要な人材を探すことは決して難しいとは思われなかった。事実、化学者のサンドラ・スープランも研究の進み具合で助手の採用を考えたいと願い出たのをフラウ王女は思い出していた。


「しかし、一つだけ懸念がございます。プリエモール男爵殿は領地持の貴族ですよね。領地経営は男爵殿不在でも問題ないのでしょうか?」


 元々プリエモール男爵は、領地経営より研究の方が好きであった。そのため長男が成人した時点で既に領地経営の全てを彼に任せてしまっていた。

 仮りに万に一つ不測な事態が発生したとしても、馬車で走り続けると丸一日あれば領地に帰れるところから、特に問題になるとは考えていなかった。

 

「それにしても、ニーナ殿はお若いのにまれに見る博識者のようですな。わしの孫とはとても話が合うかもしれませんな。どうせ、トライトロン王国へ行けば一緒に研究することになるし、ここで孫息子を紹介しておきましょうかな!」

 

 男爵はそう言いながら、テーブルの上に置いてある箱のボタンを押した。

「お祖父様何か御用ですか?」

 その箱の中から若い男の声が聞こえてきた。


「応接間まで直ぐに来てくれ!とても興味深い良い話だ 」


 間もなくドアがノックされ、白い(つな)ぎの研究用の服を着た背の高い痩せ型の青年が応接室に入ってきた。金色の髪と白い肌の青年で、彫りの深い顔立ちである。

 

「わしの隣の席に座ってくれ。ナイトール大臣殿はもう知っておるな。こちらはトライトロン王国の第一王位継承者のフラウリーデ王女殿下だ。それから王国騎士のラングスタイン大将と研究者のニーナ殿だ 」


「どうも!初めてお目にかかります。私が孫のドルトスキー・プリエモールです 」


 孫息子の挨拶もそこそこに、男爵はニーナ蔵書館長からひったくったメモ書をドルトスキーに渡した。そのメモを見つめるドルトスキーの手が震え始めた。

「一体誰がこのメモを?」

「驚くな!ドルトスキー、、、。今ここに座っておられるニーナ殿だ 」


 一瞬ドルトスキーの視線がニーナをとらえたが、再びメモを食い入るように見入っている。彼の頭の中には若過ぎる娘が書いたものという偏見は一切無かったようである。

 彼自身の研究成果が表に出始めたのが14〜15歳の頃であるので、年齢や性別での差別などには無頓着なのかも知れなかった。


「フラウリーデ王女殿下が、わしとお前にトライトロン王国でそのメモにある理論の実現と試作機作製の研究を依頼された。わしについてきて思う存分その研究してみようとは思わないか?」


「トライトロン王国がこの理論を実証するための研究をさせてくれるのですか?」


「そうじゃ。正直わしはやって見たい。長年の夢が実現できる可能性をミスミス逃したくはない。わしに一緒についてきてくれるな!」


 孫息子のドルトスキーは、お祖父と自分、それにこのメモを書いたニーナ蔵書館長が中心になれば、長年求めてきた自分達の推論が確実に実証できると確信を得ていた。

 

 ドルストキーはニーナ蔵書館長の側に来ると、宜しく頼みますといいながらニーナに握手を求めてきた。


 一瞬驚いた顔をしたニーナであったがあわてて立ち上がると、ドルストキーの手を握り返した。ニーナは突然のことに頬を紅潮させて少し恥ずかしそうにしていた。


 理系女子のこれまで生きてきた15年間の間には若い男性が頭の中に入り込む隙はおそらくなかったのであろうが、最近フラウリーデ王女の婚約者クロード近衛騎士隊長やジェシカ王女が慕うプリエモ王国の若い王子を見て全く何も思っていないかというと嘘になる。

 その矢先、若くてハンサムなプリエモ王国男爵の孫息子ドルトスキーの出現にニーナ・バンドロン大いに戸惑ってしまっていたのは確かであった。


 側にいたフラウ王女は、ニヤニヤしながらニーナのあわてぶりを観察していた。そしてこの時点で今回の王国科学技術省設立並びに研究所の稼働がほぼ決定付けられてたことを予感した。


 妹のジェシカ王女から聞いている王国の化学関連分野の第一人者サンドラ・スープランに、プリエモ王国の科学関連分野で既に多くの実績を持つプリエモール男爵がそろったことで、トライトロン王国における飛行船の開発と産業発展の未来に確実な明かりがさしてきたのをフラウは実感していた。

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