5−21 プリエモ王国へ(1)
ハザン帝国の飛行船開発状況に関する機密情報を得たフラウ王女は、ハザン帝国における飛行船開発がそろそろ終盤を迎えるのではなかと少し焦り始めていた。
元々、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長の調査報告書の内容から飛行船の推進機関に関してはプリエモ王国の技術者を頼るのが最も近道であろうと考えていたフラウ王女は、先の詮議の折にプリエモ王国のプリエモール男爵を訪ねることに関して既にスチュワート摂政の了承をもらっていた。
フラウ王女はハザン帝国から帰った三日後にプリエモ王国訪問に関する最終確認を行うため、プリエモ王国を訪問する予定の候補者全員を詮議場に集めた。
プリエモ王国訪問の候補者は、フラウ王女、クロード近衛騎士隊長、ジェシカ王女、ニーナ蔵書館長及びラングスタイン大将の5名である。
今回のプリエモ王国訪問の主役はニーナ・バンドロン蔵書館長であった。ラングスタイン大将はジェシカ王女とニーナ・バンドロンの護衛である。またフラウ王女とクロード近衛騎士隊長には別の目的があった。それはプリエモ王国の国王夫妻に自分達の結婚の招待状を直接手渡すことであった。
さらにもう一つ、フラウ王女はジェシカ王女にプリエモ王国のホッテンボロー第一王子との二人だけの時間を過ごして欲しいと考えていた。フラウ王女にすれば、飛行船開発に関して『 無から有 』を作り出してくれたジェシカ王女に対して感謝の気持ちが込められた計らいであった。
妹のジェシカ王女は、いつもの冷静さは見られず、珍しくソワソワとして落ち着かない。恐らく、プリエモ王国のホッテンボロー王子に会うことが彼女をそうさせているのであろう。
妹のそのような様子を見ながらフラウは冗談めかして、
” 王子に会うのはあくまでもついでだからな ”
と揶揄った。
ジェシカ王女は顔を赤くしながらも否定することなくただうつむいていた。そういう妹を見ると、数ヶ月前の幼いと思えていたジェシカ王女を思い出し、フラウは抱きしめたくなるのだが、この数ヶ月間でジェシカ王女は見違えるほど大人びてきていた。それが卑弥呼の影響によるものかあるいはプリエモ王国のホッテンボロー王子に恋をし始めたせいなのか明確ではなく、あるいはその両方なのかも知れなかった。
二人のやり取りからニーナ蔵書館長はプリエモ王国の王子がジェシカ王女の思い人であることを完全に知ってしまったが、黙って二人のやり取りを聞いていた。
ニーナ・バンドロンのハザン帝国研究施設における情報収集能力はとても人間業とは思えなかった。にもかかわらずニーナの話によると、ジェシカの記憶力はそれ以上だと言っていた。フラウ王女は、ふとそのことを思い出し、ジェシカ王女に尋ねてみた。
実際のところジェシカ王女がそのことに気付いたのはつい最近のことである。そして自分自身もその能力は間違いなく邪馬台国の卑弥呼義姉が自分に与えてくれた能力の一部ではないかと思っていた。
フラウリーデ王女は、先般、卑弥呼義姉がジェシカにいくつかの能力を付与した話しをしていたのを思い出し、恐らくその一つは記憶力の大幅な向上であったと理解した。飛行船開発という流れから卑弥呼がジェシカ王女に付与したという能力は化学と科学の知識に関するものだと思いこんでいたのだが、やはり卑弥呼義姉は全てに抜け目が無かった。
「抜け目がないとは、わしのことかな?フラウ!」
突然に脳内に響き渡った卑弥呼の声に、フラウは一瞬焦ってしまったが、悪口ではなかったことに思い至り、胸ををなでおろした。
卑弥呼の話によると、『 東の日出る国 』の歴史書の近代歴史部分には『 複写機 』という機械が登場しているらしい。
その機械は蔵書に記載されている内容をいちいち覚えることも書き写す必要も無く、そっくりそのまま写し撮ることができる優れものらしい。蔵書1冊分でもそれを複写するのに半時間とはかからないという。
この時代、蔵書一冊分の内容が欲しい場合、完全にその内容を暗記してしまうかあるいはそれを自分で写本するしか方法はなかった。数百ページもある蔵書を完全に覚えることは事実上困難であるし、模写するにしても内容によっては半年1年以上の時間が必要となる。
それくらい膨大な量の情報を、見ただけでそっくりそのまま記憶することが可能な人間は、トライトロン王国広しといえども、おそらくジェシカ王女とニーナ蔵書館長以外には存在していないと思われた。
卑弥呼のいう『 複写機 』という便利な機械は、残念ながらトライトロン王国の現在の技術では500年以上かけても実現するかどうかは疑わしかった。その機械にはそれほど未知の複雑なテクノロジーをいくつも必要とするものであった。もし卑弥呼がその複写機をトライトロン王国へ持ってきたと仮定しても、『 黒い水 』を明かり取りに利用しているレベルの世界では、その機械を動かすことすらできない。
「それで、ジェシカには一瞬で書かれている内容が記憶できるような能力を付与して下さったのですね 」
卑弥呼が語った『 複写機 』に関してフラウ王女には全く想像が及ばないものであった。広範囲な知識を有するニーナ蔵書館長やジェシカ王女であっても、到底想像できるものではなかったろう。
これからトライトロン王国が推し進めようとしている研究はそういう未来の『 複写機 』が存在しない限り、ジェシカ王女やニーナ蔵書館長の記憶力はかなり貴重である。というより飛行船の開発には、少なくともこの二人の知識と記憶力が存在しない限り実現できるプロジェクトではなかった。
「フラウの判断力と行動力にジェシカ王女とニーナ蔵書館長二人の能力が加わって初めてこの目的は達成できるとわしは確信しておる 」
卑弥呼女王はそれだけいうと、フラウの脳内から消えてしまった。
卑弥呼から聞いた内容のうち、ジェシカ王女の記憶力が一気に跳ね上がった理由について、フラウ王女はかいつまんで彼女に話した。
一方で、ニーナ・バンドロンの持つ記憶力に関しては卑弥呼は全く関与しておらず、彼女の生来持って生まれた能力であった。その意味、ニーナ蔵書館長はトライトロン王国の化学や科学の牽引者となるべき運命を背負っていたのかも知れない。
卑弥呼はジェシカ王女とニーナ蔵書館長の無限大の記憶力は王国において、今後飛行船を開発するためには絶対に欠かすことができない条件と考えていた。
これから、飛行船開発の中心人物となっていくサンドラ・スープラン女史とリーベント・プリエモール男爵がいかに優れた学者であったとしても、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長のように未来を知る人間の導きがない限り、僅か3年で実用的な飛行船を開発することは絶対に不可能であることを卑弥呼は知っていた。
しかし、そのことは二人の優れた学者と未来の一端を知るジェシカ王女とニーナ蔵書館長、それに推進力の極めて高いフラウ王女が加われば、3年で飛行船の開発が可能だということの裏返しでもあった。




