5−18 ニーナの記憶力
全員が揃ってエーリッヒ将軍の元住んでいた家に帰り着くと、夜明けには将軍の家を出る予定で、それまでの少しの間眠ることにした。ただニーナ・バンドロンだけは、何かぶつぶつとつぶきながら、一心不乱にメモを書いていた。
ニーナ蔵書館長は、極めて短時間のうちに詰め込んでしまった膨大な量の研究資料について、彼女の頭の中から取り出しが可能なようにその記憶に見出しをつけている最中であった。短時間で詰め込んだこの膨大な量の記憶を後日確実に効率よく取り出すために、まだ記憶が新しいうちに見出しをつける方法を、今回ハザン帝国に潜入する数日前にジェシカ王女がニーナ蔵書館長に提案していた。
ニーナ・バンドロンのこの途方もない記憶力に一番驚いたのは父親のエーリッヒ将軍であった。まさか、自分の娘にそのような才能があることなど到底信じれることではなかった。
それ以前に、娘が科学や化学に精通していることすら全く知らなかった訳であるから、それに『 無限の記憶力 』がプラスされただけだと考えることで現実逃避していた。
「お父さん!たった今、私のことを『 化け物 』だと考えたでしょう?」
娘に心を読まれてしまったと思い、エーリッヒ将軍は冷や汗を拭った。
二人のやりとりを聞いていたフラウ王女は、クスリと笑い、自分も妹のジェシカのことを『 化け物 』と感じてしまったのを思い出していた。ジェシカ王女から見たら、フラウ王女こそが怪物と思われてるいることには全く気が回らなかった。
フラウ王女はハザン帝国の研究所を監視している忍びの者達にに全く知られることなく飛行船に関する情報を入手できたのに安堵していた。それは、心のどこかで先般のエーリッヒ将軍の家族人質救出作戦で暗殺者顔負けの無慈悲な殺戮を行わざるを得なかった傷が未だ完全に癒えていなかったからでもある。
それにしても相当古い合言葉がそのまま使われていたのに安堵すると共に、このような極秘の軍事関連の研究施設でも、古い合言葉がそのまま使われていたことに、上層部の危機管理の足りなさを感じないでもなかった。
もしあの時、合言葉が変わっていた場合、フラウ王女達は問答無用の見張りの者達の殺戮を行わなければならなくななったであろう。
そうなれば、恐らくトライトロン王国のスパイ活動がハザン帝国で行われた事実も確実に露見してしまうことになる。その場合、ハザン帝国は全兵力を動員してでも彼らを捕えようとしたことだろう。その結果として全員が無事に帰ることができなかった可能性は高かった。
グレブリー将軍はフラウ王女の顔を見ながら少し皮肉っぽく、
” もし、ハザン帝国の忍者に見つかった時の対処法はあらかじめ考えられていたのでしょうな?”
と聞いてきた。
一瞬フラウ王女の目が泳いでいたが、毅然とした表情をとりもどした。
「そりゃー決まってるだろう。総力で飛行船と研究所を破壊する命令を出していたに、、、」
そう言いかけて、言葉にはお前達の能力を確信しての人選であり、失敗は全く考えていなかったとだけ答えた。
それでももし本当に失敗した場合には強硬手段に訴えるしか方法はなかったであろう。そして、今回はそうならないための人選であったのだと自分に言い聞かせながら無理に納得した。
「それでは、グレブリー将軍に聞くが! もしそのような事態になっていた場合、お前ならどういう命令を出した?」
「いやー参りました。やっぱり姫様には敵わないな。私も王女様と同じ命令を出し、派手に破壊し何とかダナン砦まで逃げ込むようにしたでしょうな。しかし、そうなると我々全員が無事にハザン帝国から逃げられなかった可能性も出てきますが、まあ終わり良ければ全て良しということにしましょう 」
「また抜け抜けとそんな皮肉を!まあ、確かにそうならなかったから良しとしよう、ハハハ、、、 」
フラウ王女の乾いた笑いが少し冷たくなってきた空気を震わせた。
次の早朝早く着替えを済ませ携帯食を少しづつ口に含み水で流し込みながら、6人はハザン帝国の首都を後にした。ハザン帝国とシンシュン王国との国境にある検問所が近づき少し緊張したが、いつもと変わらぬ検問の様子にホッとしながらもシンシュン国へと入って行った。
国境警備隊の様子を見る限り、昨晩のスパイ活動が露見したとは思えない普通の状態であった。
それから半日程馬を飛ばして6人は全員無事にダナン砦に着いていた。




