5−17 ハザン帝国侵入
潜入した6人全員が衛兵から何も聞かれることもなく無事検問を通過できた。
一行は、ハザン帝国の首都で飛行船の建造所に近いエーリッヒ将軍がかつて住んでいた家へと急いだ。将軍が予測した通り、家の周りは人が出入り出来ないように囲いが施されてはいるものの、見張りが付いている気配はなかった。
トライト及びリモデール中佐は、皆なに先んじ屋敷内を確認するため偵察を行った。二人は声で話すようなことはしない。身振りと手振りで意思の疎通を図っていた。しかし二人の行動はフラウリーデ王女にはあまり理解できなかった。
二人が屋敷内に入ると、残った四人は近くにあった大きな木を外からの目隠しとしてそこに潜み、二人が帰ってくるのを待った。
帰ってきた二人は、この屋敷内が全く監視の対象となっていないことに確信を持てたようで、四人の待つ木陰まで急ぎ戻ってきた。
彼らは周囲が暗くなる頃を見計らって再び将軍の家の中に入ると、それぞれがハザン帝国の忍者服に着替え、顔の見える部分は光らないように炭で黒く塗りつけた。
そして今回の調査においては、
” 忍び込んだ痕跡を絶対に残さないこと ”
が最重要課題であることを再確認した。
もし命の危険を感じた場合以外は絶対に相手とは戦わず、すり抜けることを再度申し合わせた。
万が一にも敵と遭遇した場合、まず 『 砂 』と『 太陽 』の合言葉で合図すると決め、その合言葉が変わっていないことを祈りながら六人は将軍の家を後にした。
そして夜の闇にまぎれるように飛行船の研究施設へと向かった。
今回の彼らの任務は極めて難しい要素が多いのだが、ニーナ蔵書館長が一度見た蔵書や書類などを彼女の頭の中にそのまま焼き付け、記憶として残すことができるという極めてまれなその能力に期待するしかなかった。
そのため、飛行船と関係がありそうな資料がまとめて保管されているような研究室まで、ハザン帝国の見張りに気づかれずにニーナ蔵書館長を連れて行けるかどうかが勝負どころであった。
研究所の門の付近にトライト中佐が身を隠し、研究室への入り口付近にはグレブリー将軍が、中に入った研究室のドアの付近にリモデール中佐がそれぞれ身を隠した。
飛行船に関する研究資料が保管されていると思われる目的の場所までたどり着く途中にはいくつもの鍵が厳重にかけられていた。これほどまでに厳重に施錠されていることは、その研究室に重要な資料が保管されているのが確実であることを示していた。
リモデール中佐は、この部屋にたどり着くまでに施錠されていた鍵数個をほとんど時間を掛けず、鍵を壊すこともなく解錠するという特殊能力を身につけていた。
リモデール中佐が目的の実験記録等の保管室らしい部屋をを見つけると、その後はフラウ王女とエーリッヒ将軍がニーナ蔵書館長を連れながら前と後ろの安全を確保しつつその部屋へと入って行った。
ニーナ蔵書館長は実験室の壁などに貼ってある飛行船の設計図などを次々に目を通して頭の中に記憶としてしまい込んでいる模様である。
そして、今、ニーナの目が研究所の中央にある厳重に鍵のかかった棚をじっと凝視している。
フラウ王女は即座にその意図を理解し、ドアの外に身を隠しているリモデール中佐を呼びに行った。彼は、しばらくその錠を見ていたが、胸の部分の隠しから細長い金属棒2本を取り出すと、器用にそれを曲げながら、あっという間に解錠してしまった。
どうやら、その書棚の中にはニーナ・バンドロンの知りたい情報があったと見えて、彼女は次々と報告書のページをめくっていく。そして1時間ぐらいでおおよその書類に目を通し終わった。
彼女は自分が欲しいと考えていた情報が粗方収集できたとみえて、フラウ王女に大きくうなづいた。
フラウ王女は再びリモデール中佐を呼びに行き、書棚の鍵を元通り締めさせた。そして、研究室のドアの鍵を締め、研究所の入り口付近で待っているグレブリー将軍と落ち合うためにドアを少し開けようとした瞬間、将軍の 『 砂 』という低いくぐもった声が聞こえてきた。
フラウ王女は一瞬開きかけたドアを静かに閉めると、ドアに耳を当て、ドア越しに外の状況を聞いていた。すると少し間を置いて、『 太陽 』というくぐもった別の声が聞こえ、再び辺りは静かになり遠ざかっていく足音だけが聞こえた。
フラウ王女はゆっくりとドアを開けると、
” 退くぞ ”
という合図を将軍に送った。
最後にトライト中佐と落ち合うと、門の鍵を元通りに締め、スパイ潜入の痕跡を全く残すことなく、六人は再び夜の闇の中へと溶け込むように消えていった。




