5−15 ハザン帝国潜入計画(1)
フラウリーデ王女は、早速エーリッヒ・バンドロン将軍とニーナ・バンドロン蔵書館長を呼んだ。先の詮議の席上においても、今回の調査隊に加える理由を一応は説明してはいたものの、彼女の父親である将軍には更に詳細を話しておくのが必要と考えたからだ。
当初、フラウ王女はハザン帝国で試作中の飛行船を全て破壊するつもりでいた。もし飛行船の破壊だけであれば、あえて危険を伴う場所にニーナ蔵書館長を担ぎ出す必要はなく、非常に簡単な仕事のはずだった。というのは、その時点ではジェシカ王女とニーナ蔵書館長はハザン帝国の飛行船には恐らく『 水素ガス 』が使用されているであろうと予測していたからである。
彼女らの予想通りの水素ガスを使用した飛行船だった場合、王城から火矢が飛行船に届きさえすれば、飛行船を爆発炎上させてしまうことが可能と思われる。
しかしよくよく考えてみると、ハザン帝国首都上空に浮かんでいる飛行船に火矢を射て破壊することは、その致命的な欠点をあえてハザン帝国に教えてしまうことになる。
そうなると、彼らは直ちに燃えにくいガスへの変更する考えに行き着くと容易に予測できた。そのことを考慮した結果としての今回の計画の変更であった。
実はフラウ王女も蔵書館で飛行船に関する蔵書を読んでいる時に、過去の飛行船の爆発事故の本当の原因がそれに使用されているガスの種類にあることを知った。そのため、ハザン帝国の飛行船の使用しているガスの特定と動力機関の種類を知ることを優先したいと考えるようになっていた。
また、ハザン帝国の飛行船に関する詳細な研究資料を秘密裏に入手したいとも考えていた。
ハザン帝国の飛行船研究所から研究資料をそっくり自分達が持ち出してしまった場合、トライトロン王国の介在と、自国で飛行船を開発する目的で、研究資料を盗み出したとの結論に辿り着くのは確実であった。そうなると、後々面倒なことになるばかりではなく、ハザン帝国飛行船の開発が一気に加速される可能性も十分に考えられた。
そのため、今回の調査隊には研究資料を無限大に記憶可能なニーナ・バンドロンの存在がどうしても欠かせないわけである。
恐らくニーナ蔵書館長は自分の名前が呼ばれた時、既にそれを理解していたようである。それにしても16歳のニーナ・バンドロンを調査隊に加えることに抵抗を感じたフラウ王女は、ニーナの父であるエーリッヒ将軍の同行は最低でも必要と考えた。
加えて王国でもこれ以上はいないと言える程の精鋭部隊を編成したのだった。
となると、今回の作戦の主役はニーナ・バンドロンということになる。ニーナは今回の調査にハザン帝国で随一の剣の使い手であった父エーリッヒ・バンドロンが同行してくれることは極めて心強く感じていた。
また今回のハザン帝国調査隊は破壊工作ではなく、あくまでも潜入捜査である。そうなると、その方面での信頼の厚いトライト中佐とリモデール中佐の存在もまた絶対に欠かせなかった。
ハザン帝国には『 忍びの者 』と呼ばれる隠密部隊が存在しているが、トライトロン王国においては、女王やフラウ王女の性格的なものもあってか、その手の刺客や工作員は存在していない。
その中でダナン砦出身の中佐二人は、軍事的な能力もさることながら、長い期間斥候隊としての仕事が多かったためか、ハザン帝国の忍びの者に劣らない隠密行動に長けていた。そのこともあって、フラウ王女はグレブリー大佐が王都で将軍になる際にこの二人を王城勤務として異動させていたのである。
それにしても、彼らを必要とする事態がこんなにも早く訪れようとは、皮肉な話で、フラウ自身もグレブリー将軍も全く考えてはいなかった。
フラウ王女は中佐二人を呼ぶと今回のハザン帝国潜入の主たる目的とその詳細を話し始めた。当初は表情を崩さずに聞いていたが、話が進んで行く内に、二人の目が怪しく光り始めた。この二人は剣の実力においても一人で数人のハザン帝国の忍びの者を相手する能力を持っていた。
彼らは剣の全く使えないニーナ蔵書館長を守りながら敵国の中枢部分に潜り込み重要な機密事項を盗み出すという特殊な任務それ自体に興味をそそられていた。それにその相手国があの敵国のハザン帝国となれば、血が沸き立つ思いであった。
しかしながら、ここで一つの問題が生じた。前回のエーリッヒ将軍等の家族等の救出作戦の折には、ハザン帝国の隣国であるシンシュン国の協力を得ることでうまくことが運んだ。
一方、今回の作戦は少なくとも人質の救出作戦ではなく、飾らない言葉で言えば、明らかなスパイ活動なのである。
少なくとも胸を張って話せる内容ではなかった。
トライトロン王国がハザン帝国に対してスパイ活動を行こなうことを、しかもその首謀者が王国第一王位継承者のフラウリーデ王女だということを他国に知られる訳にはいかなかった。
幸い、ハザン帝国への通行手形は全員分あり、かつハザン帝国で使用されている衣服等も前回の物が使用可能である。あとはハザン帝国の暗殺部隊がエーリッヒ将軍達の暗殺時に使用していた黒装束と同じものを用意することで意見が一致した。
これは、飛行船の研究が行われている施設においては、恐らくハザン帝国の『 忍びの者 』が見張りをしているであろうとの確信の元に立案された計画である。
ここはダナン砦の作戦本部室。ダナン砦はグレブリー大佐が将軍になった時点で、将軍直轄の砦となっていた。グレブリー将軍とフラウリーデ第一王女更に元ダナン砦出身の二人の中佐などの突然の訪問に砦の中は上や下への歓迎ムードである。
フラウ王女としても、先のハザン帝国との戦において、ダナン砦での功績がトライトロン王国の勝利をもたらした大きな要素であったのを十分理解しているだけに、無碍に歓迎ムードを壊すわけにもいかず、彼らに付き合うことにした。
歓迎会は、夕方から始まってその日の終わりまで続いていた。それより少し前に、フラウ王女とエーリッヒ将軍及びニーナ蔵書館長の3人はグレブリー将軍に耳打ちすると、その場を抜けて明日からの計画遂行に関する下地づくりを始めた。




