5−14 ハザン帝国の飛行船調査隊
ハザン帝国の飛行船に対抗するためには、トライトロン王国内においても飛行船を急ぎ開発する必要があることについては詮議出席者のほぼ全員の一致するところであった。
その後に、フラウリーデ王女から提案のあったハザン帝国での調査に関しては、その必要性と危険性の面から危惧する意見もいくつか出された。
その全体の雰囲気を感じ取ったスチュワート摂政は、
” ハザン帝国に行って一体何をするつもりなんだ ”
とフラウ王女に問い正した。
フラウ王女の予測では、ハザン帝国の飛行船は恐らく直ぐには実用化できないと予測していた。しかしそれが絶対に確実かと聞かれると、そこまでの確信は持てないでいた。そのため、詳細な情報を得るためにハザン帝国での調査をスチュワート摂政に願い出た。
スチュワート摂政の情報網によりこれまでに得られている内容では、ハザン帝国の飛行船は人力で移動させるというものであった。
フラウリーデ王女も当初はそのように理解していた。しかしジェシカ王女達の考えでは、小型の試作機程度は人力で動かせても、大型飛行船は絶対に不可能だとの報告を受けて、今では否定的である。
「人が動かすとの情報ではあったが、確かに100名の兵士と武器を搭載した飛行船が、人力で飛ぶというのは中々想像がつかないでいたのだが、、、やはりな!」
しかし今、フラウ王女が最も気になっているのは、飛行船を浮かすための『 ガス 』にどんな『 気体 』が使用されているかであった。今現在は『 水素 』という『 ガス 』を使っていると予想しているのだが、今一つ確信が持てていなかった。
「もし、その『 水素 』といわれるガスが使用されているとすると、どうなるのか?」
仮りに、ハザン帝国の飛行船に『 水素ガス 』が使用されていると仮定した場合、その飛行船が王城の上空にくる前までに、完全に無力化することが可能であれば、王城や王都街に大きなダメージは受けなくて済むだろうとフラウ王女は考えていた。
その場合、下手にその飛行船が極めて爆発しやすいことをあえてこちら側からハザン帝国に教えてやる必要はなかった。ただ、このような簡単なことを飛行船を開発がほぼ終りかけていると思われるハザン帝国が知らないというのも少し不自然な気がしてならななかった。
事実、フラウ王女はもしハザン帝国の飛行船が『 水素ガス 』を使っていた場合、長距離用の三人がかりで使用する強弓を直ちに開発させるつもりであった。強弓であれば、王城の手前、200m付近で十分に打ち落とせると判断していた。
水素ガス使用の飛行船が実用化に大きな欠点があると分かった場合、ハザン帝国は直ちに実用性の高いガスを使用した飛行船の開発に切り替えるのは確実であった。そのため、フラウ王女は王国がこれからの対抗手段を考えるためにもハザン帝国の飛行船の使用している『 ガス 』の種類が何としても知りたかった。
フラウ王女の予測を聞いた詮議のメンバーもその必要性を認識できたため、フラウ王女を中心とするハザン帝国飛行船の実態調査隊の編成が承認された。
調査隊の編成はフラウ王女のほか、エーリッヒ将軍とグレブリー将軍にトライト中佐とリモデール中佐及びニーナ蔵書館長の6名のメンバーで構成された。
「編成メンバーから見る限り隠密行動を取りたいということのようだが、その編成にニーナ蔵書館長が入っているのは何か特別な理由でもあるのか?」
スチュワート摂政の疑問は極めてもっともなことであるのだが、フラウ王女にすれば、今回の調査を隠密裏に実施するためにはニーナ・バンドロン蔵書館長の持つ底無しの記憶力がどうしても必要だった。
もし今回の調査がハザン帝国に気付かれても問題がない場合にはハザン帝国の資料をそっくり盗み取ってくる方法が考えられる。その場合はニーナが参加する必要性はなくなる。
しかし今回の調査に限っては、トライトロン王国の諜報の事実を絶対にハザン帝国或いは近隣諸国に知られる訳にはいかなかった。
「今回の行動は、ハザン帝国に知られたらまずいという訳だな?それはわかるが、何故そこでニーナ蔵書館長が必要なのだ?」
ここでフラウ王女は、ニーナ蔵書館長の極めてまれな能力について話し始めた。つまり、ニーナ・バンドロンが底無しの記憶力を持っていることを皆の前で明かした。
「ニーナがその研究資料を暗記してくるということなのだな。とは言っても、本当に記憶することが可能なのか?膨大な資料なんだろう!」
「その点は、ジェシカ王女の折り紙付きです 」
「ニーナ蔵書館長は科学の知識に秀でているだけでなく、そんな特別の能力まで持っているのか?」
スチュワート摂政とニーナの父親のエーリッヒ将軍も不思議そうな顔をしていた。
フラウ王女は、自分達がハザン帝国に潜入している間に、ジェシカ王女が王国内の化学専門家のサンドラ・スープランと直接会い、飛行船建造のプロジェクトの推進のための中心人物となってもらうように交渉をさせようと考えていた。
「何!ジェシカ王女がサンドラ・スープラン殿と直接会うのか?」
スチュワート摂政は、ジェシカ王女が得体の知れない錬金術師に直接会うことに少なからず不安を感じていた。しかし、フラウ王女はサンドラ・スープランとまともに話し合える人材は王国にはジェシカ王女しか存在していないと考えていた。
加えてジェシカ本人もそれを強く望んでいた。
摂政は、王国の摂政としてより愛娘の父としての感情が先に立っていた。最近ジェシカ王女が一挙に成長していることへの認識がなかった。むしろそう思いたくなかったというのが正しいのかも知れなかった。
「そのため、スチュワート摂政にジェシカ王女の同行をお願いし、サンドラ・スープラン殿の了解を取り付けるに当たり、彼女の最終決断を促すために王国を代表している摂政殿に後押しをお願いしたいと考えているのですが、、、 」
道中の二人の安全を確保するために、クロード・トリトロン騎士隊長が同行することになった。
「飛行船の中身についてはわしは全く分からないが、サンドラ・スープラン殿に王国科学技術省の責任者をお願いするということになると、ジェシカ王女に私が同行する方がより確実になるとは考えられるな 」
「それでは、摂政殿、クロード!ジェシカ王女を宜しく頼みます 」
ジェシカ王女のサンドラ・スープラン訪問に引き続き、フラウ王女はプリエモ王国のリーベント・プリエモール男爵との交渉には、自分、ジェシカ、ニーナ、クロード及びラングスタイン大佐の五名で計画していることも併せて摂政に許可を願い出た。
「そうか!それでは折角だからプリエモ王国の国王夫妻にも会って、フラウとクロードの結婚の招待も済ませてきてくれないか?直接お会いする方がキングスタット国王夫妻も喜ばれるであろう 」
スチュワート摂政から詮議の解散が宣告され、それぞれが挨拶を終えて持ち場に帰り始めた。
調査の過程で、何度か挫折を味わいながらも最終的にたどり着いた飛行船開発のための下準備はほぼ整った。
ジェシカ王女とニーナ蔵書館長はそのことにほっとするとともに、これからいよいよ実戦が始まるのかと考えると、知らず知らずの内に、身体の奥から湧き出てくる戦闘意欲の快感にしばし身を委ねていた。




