5−11 飛行船建造計画(2)
飛行船用のガスとそのガスを詰め込む袋に関してはジェシカ王女が、そしてその飛行船を推進させる駆動力を得るための機械を作るために必要な情報に関してはニーナ蔵書館長がそれぞれ担当することにした。
また今後飛行船を開発するのに必要と思われる人材の人選についても同様に、ジェシカ王女が王国内の専門の化学者を、ニーナ蔵書館長がプリエモ王国内から専門の科学者をそれぞれ分担しながら、その翌日から2日間程かけて飛行船建造計画推進の鍵となると思われる人材の人選を行った。
この時の二人の考えは一致していた。彼女たちが選んだのは、それぞれの王国の技術者いわゆる巷ではいわゆる『 錬金術師 』と呼ばれる者達だった。
トライトロン王国においては主として化学を中心に研究している人物のうち、おそらくその第一人者であろうと考えられる人材をジェシカ王女が、そしてプリエモ王国の科学に関する研究の第一人者をニーナ・バンドロンがそれぞれが選定を行った。
ジェシカ王女は、化学に関する第一人者としてトライトロン王国内で活躍しているサンドラ・スープラン女史を選別した。彼女はこの世界の根幹を成すものが『 水 』と『 大気 』であることを発見し、それが全ての生物進化の原点であること提唱していた。
サンドラ・スープランの提唱した考えは、多くの神聖崇拝主義者から手酷い批判を受け流ことになった。それでも自分の信じる研究を突き詰めその成果により、一部の心ある研究者達からは絶大な支持を得ている人物である。
サンドラ・スープランは、ジェシカ王女が今回の飛行船建造プロジェクトに必要としている人物像にそっくり当てはまっていた。彼女の考え方は、正に蔵書『 未来予言書 』に記載されている未来像を的確に予測し把握していたのだった。
一方、プリエモ王国において科学に精通している人材としてニーナ蔵書館長は、リーベント・プリエモール男爵を選別した。彼はプリエモ王国の貴族である。
リーベント・プリエモール男爵は、地形的特徴を生かし、風の力や川の水の落差を利用した、いわゆる人力によらない駆動系の機械の研究で数々の成果を上げていた。そしてその功績を以って領地持ちの貴族にまでなった研究者である。そのため、先祖代々からの貴族というわけではなく、彼の技術的な実績の積み重ねが認められて貴族になったケースである。このように市中の人材が領地持ちの貴族として認められるケースは極めて珍しくプリエモ王国においては初めてであった。
実際彼が拝領した土地はプリエモ王国の王族から割譲されたものであった。
二人はそれぞれが人選した人材について選別理由及びその人材に何を期待しているかについて議論し合った。
二人が、疲れ切って自分の手で肩の凝りりをほぐすように押さえている時、ジェシカ王女の部屋をノックする音がした。ドアを開けて入ってきたのは、姉のフラウリーデ王女であった。
姉はワゴン車を押してきている。
「ジェシカ、ニーナ!パイが焼き上がったからお茶の時間にしないか?疲れたろう。申し訳ないな。何もかも二人に押し付けてしまって 」
「大丈夫です。好きでやっていることですから。それにしても絶好のタイミングです。頭が疲れている時は甘い物が良いんですよ。お姉様にまで気を遣わせ申し訳ありません 」
フラウ王女にすれば、このような技術的背景を基にした企画書作成に関しては全くの素人である。だが、全てを二人に丸投げしてしまっているという心の負い目が、せめてお茶とお菓子くらいは自分が運んで、二人の苦労を労ってやろうとの罪滅ぼしが彼女のこの行動に現れていた。
「これ位しか気が付かなくてすまんな 」
3人は、久々にゆっくりとお茶を楽しんだ。
「処で、この部屋に戻ってきたということは少しは目処がついてきたということかな?そろそろ詮議開催の日程を決めなければと思っているのだが、、、」
「一応、飛行船を浮かすことと、それを推進するために必要なもの全般についてはある程度まとめました。またその技術を具体化するのに適切と思われる人材についてもおおよそ絞り込めております 」
二人の話を聞いたフラウ王女は、数日後にでも詮議を召集することとした。
ジェシカ王女とニーナ蔵書館長は、意外なことに自分達が人選したその人材への交渉を自分達自身に任せてくれるようにとフラウリーデ王女に願い出た。
「それは構わないが、お前達で大丈夫なのか?」
二人は、交渉する相手が本物の学者である以上、専門的、かつ具体的な話をしない限り真剣には受け取ってはもらえないと考えていた。
フラウ王女自身も二人のいっていることが間違っていないことを理解した。
実際上、フラウリーデ王女がそれらの技術者相手に王国側の主旨を理解させ、自分から参加するように仕向けるのは多分不可能と考えられた。命令するだけであれば、『 龍神の騎士姫 』の名前を出せば、おそらく従わざるを得なくなるであろう。他国プリエモ王国のリーベント・プリエモール男爵であっても、当然フラウ王女のことは知っているであろうし、プリエモ王国の王族から頼まれれば断るのは源氏ts的には相当難しいと考えられた。
しかし、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長は、今回のような未知の研究開発だからこそ、彼ら自身が自ら進んで研究をしたいと思わせる必要があると考えていた。そのためには、彼らが飛びつくような技術的な切り札が必要になってくる。そのためには、技術的なことを彼らと対等に話すことができる人材が必要となる。
この場合、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長を除けば、トライトロン王国内には誰一人足元にも及ぶ者はいなかった。
フラウ王女は二人の主張が正しいと考え、その申し入れを受け入れた。
とはいえ、実際には二人だけで行かせる訳にはいかないから他に誰を同行させるかについてはフラウリーデ王女自身が決めることとした。
ジェシカ王女とニーナ蔵書館長は顔を見合わせにこりと笑った。恐らく二人にとって蔵書館で調べ物をしてそれをまとめることは、剣術に例えれば訓練であり、そして、これから始まる研究者との交渉は真剣勝負に例えられるのかもしれなかった。
多分、今の二人はフラウ王女が戦闘前に感じる心の高揚感と似たようなものを味わっているのであろう。二人の顔が生き生きと輝いている。おそらく、この二人は自分達の持ち得る知識と説得力で彼らと思う存分議論し合いたいと考えているように思われた。
「明日、詮議でしたよね!私達で十分に出席者を納得させる自信はありますのでお姉様は安心していらしてかまいません 」
16歳の少女二人は、自分達がこれから完成させようとしている飛行船がハザン帝国の飛行船レベル以上には到達可能と確信が持てたとみえて、不敵な笑いさえ浮かべていた。




