5−9 卑弥呼とフラウの先読み
フラウ王女は朝が来るのがとても待ちどうしかった。
朝食もそこそこに一人で蔵書館へと向かった。向かった場所はもちろん『 東の日出る国 』に関する蔵書が並べられている棚である。
卑弥呼がトライトロン王国に来た時、フラウは彼女の思念体を自分の頭の中に宿してこの蔵書館に連れてきた。その時卑弥呼が最も熱心に読んでいたその蔵書を取り出した。
邪馬台国滅亡が記録されている蔵書である。そしてそのページをめくって見る。
女王卑弥呼の崩御とともに邪馬台国は滅び、『 東の日出る国 』にあった数十の小さな国同士が争い合い、吸収され或いは分裂を繰り返していたが、やがてその全てを統一できるほどの英雄が現れ、『 日の本 』として発展していったのである。
その国は、他国との大きな戦を幾度も経験していた。最後のページに記載されていたのは、長い長い栄華を誇ったその『 日の本 』も、産業発展が齎した負の遺産に耐えきれず、荒廃したその世界を脱出することを余儀なくされたところで終わっていた。
『 日の本 』の主導者は、僅か1000人足らずの民を空飛ぶ船に乗せて荒廃したその星を捨てて見知らぬ宇宙へと飛び去ってしまったというところでその歴史書は結んであった。
そのため、彼らが新しい安住の地を見つけられたかどうかについてまでは、その蔵書からは知ることができなかった。
フラウ王女はこの蔵書館には、恐らくまた別の時間の流れの中でのずーっと先の未来のことが記載されている蔵書が外にもいくつか存在しているような気がしてならなかった。もう少し時間の余裕ができたら、更に別の歴史書を読んでみたいとも思っていた。
それでも、今トライトロン王国が計画している程度の飛行船であれば、この蔵書に残されている内容でも完成できるような気がしていた。恐らくジェシカ王女とニーナ蔵書館長であれば、その蔵書からある程度安全で大量の物資や人々を運ぶことのできる飛行船を建造することが不可能ではないとフラウ王女は信じたかった。
卑弥呼女王はこの日が来ることを既に先読みしていたのではないだろうか?
たった今フラウ王女が自分でたどりついたその結論は、誰かがフラウ王女に教えるものではなく、彼女自身の力で到達すべきものでなければならないと卑弥呼は考えていたのであろう。
それでもフラウ王女には理解の及ばないことがある。それは不死に近い身体を持ち、大和国でも随一の知識と呪術力を持つ卑弥呼女王がその知識と能力を持って、なぜ『 日の本 』の統一を自分で行わないのかということであった。
恐らく、このことについては卑弥呼に聞いても適当に答えをはぐらかされてしまうような気がした。
そしてもし、自分が卑弥呼の立場であればどうするのかを予想してみた。しかしフラウ王女がその蔵書で見た未来と、自分の知る卑弥呼が考えている未来は全く異なるような気がしてならなかった。
「わしがお前に課した課題、どうやらクリアできたようじゃのう。フラウなら、わしと同じ結論に達してくれると信じていた。今は思う存分飛行船の開発に力を注げば良い。それだけの内容があれば、ジェシカとニーナには十分じゃろう 」
この時フラウ王女はトライトロン王国が目指すべき未来が少しわかったような気がした。
それにしても、フラウは少し不公正な気がした。卑弥呼がいつどこででも自分の頭の中に入って来れるのに、自分は自らの感情を爆発させないと卑弥呼に届かないからだ。
「わしは、そなたの義姉でお前より千年以上も年上だぞ。その理由だけで十分過ぎるのじゃないのかな?
それともお主もわしと同じように千年以上生きる決心ができたというのか。そうであれば、フラウの考えているその不公平というのをいつでも取り除いてやっても良いがのう!」
「お義姉様の意地悪!私にその決心が未だできていないことを知っておられて態といわれていますよね。お義姉様!」
・・・・・・・!
「妹というのは大抵が姉よりわがままなものです!私もお義姉様に甘えてみたかっただけです 」
「そうなのか?わしにはフラウが甘えているようには聞こえなかったがのう、、、」
「私は、甘えるのが下手なのです 」
卑弥呼には、そう言って拗ねるフラウをとても可愛いと思い、もし自分に本当の妹がいたとすれば、似たようなものかもしれないと思うと、一人でに顔が綻んできて、つい余計な手を差し伸べたくなるのだが、実際には今の位が一番良い距離感のような気もしていた。
「私自身に課せられた運命は、女王家の長女として生まれた時に既に定まっていたのでしょうから、、、」
「そう、拗ねるな!フラウが道に迷ってどうしようもなくなった時に、感情を爆発させ、それをわしが知り、必要な時に適度にわしが介入する。それくらいで良いのじゃないのかのう 」
フラウ王女にしても、このトライトロン王国の存在している全世界を統一したいなどという大それた望みは微塵にも持っていなかった。
今現在のフラウ王女では、自分の身に降りかかってくる火の粉を払うことくらいが自分にできる精一杯で、まだまだ極めて小さい存在に過ぎないとしか思っていなかった。




