5−7 卑弥呼が見た邪馬台国の未来
食後の酒を一気に飲み干すと、フラウ王女は急ぎ部屋に戻り、水鏡の前に立って呪文を唱えた。もう水鏡の呪文にも慣れたもので、何んの淀みもなく唱えられる。しかし、今日に限っては水鏡の水面に変化が現れない。
もう一度唱えてみる。それでも水鏡の水面に変化はない。フラウはどうしようもなく義姉卑弥呼の顔を見たいと、悲痛な思いで心で念じてみた。
しばらくすると、
” 何をそんなに焦っているのじゃ?フラウ!"
と懐かしい卑弥呼の声がフラウの頭の中で響いた。
フラウは、
” 水鏡が壊れたかも知れない ”
お義姉様の顔が映らないとあせった声で訴えた。
その時卑弥呼は丁度風呂に入ったばかりであった。そのため、水鏡の反応に気が付かなかった。卑弥呼は笑いながら、風呂が済んだら自分から連絡すると念話して、その後卑弥呼の思念はプツリと途絶えた。
四半刻が過ぎ、水鏡の水面に漣が立ち始めた。卑弥呼の部屋にある水鏡に映るフラウ王女は、てっきり、水鏡が壊れて二度と義姉卑弥呼の顔が見れないかも知れないと、その目には涙が浮かんでいた。
水鏡が壊れたかもしれないとべそをかいているフラウ王女を見て、卑弥呼はとてもいじらしいと思った。また、そういうフラウ王女こそが卑弥呼自身が守るべき対象であることに喜びを隠せなかった。
実際には水鏡が壊れることはあり得なかった。
大きな器に念の込められた水がただ単に入っているだけである。当然フラウ王女自身その水に念を込める呪文も完全に覚えてしまっている、ごく短い呪文のため間違うことも考えにくい。
水鏡は壊れようがないということはフラウ自身十分に認識してはいたのだが、つい焦ってしまって冷静な判断ができなかったのである。
フラウ王女がハザン帝国の飛行船建造に対抗するために、トライトロン王国において飛行船の研究に乗り出そうとしていた矢先、ジェシカ王女からハザン帝国程度の飛行船であれば数年で実現可能であるが、その飛行船は全く実用性がないと言い切られてしまった。
トライトロン王国の過去の歴史をたどって行き着いた『 東の日出る国 』の蔵書の内容から、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長が自分達の住む世界の遠い未来が予測できていたとしても不思議ではなかった。
「二人の話では、実用的な『 飛行機械 』の建造には2〜3世代の時間が必要となると考えているようです 」
卑弥呼は自分が予測していたよりも早期にジェシカとニーナがその結論に達したことに、むしろ満足していた。卑弥呼自身、ハザン帝国の考えている飛行船に実用性があるとは全く考えていなかった。
「まあ、二人がそれだけ優秀な証拠じゃ。喜んで良いんじゃないか?」
「それに、ニーナが蔵書館の蔵書がある部分未来に起こるかもしれないことが書かれていることについても完全に知り得たようです 」
フラウ王女は卑弥呼からその飛行船をどうしたいのかと聞かれ、王国内や王国間の定期的な物資の運搬と、人材交流のために開発するつもりだと答えた。
「うーん!それはどうかな?」
フラウ王女はハザン帝国の飛行船の対抗手段としてトライトロン王国でも飛行船を早期に完成させようと考えていた。しかし、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長の二人によってそのことは完全に否定されてしまった。
それでもフラウ王女は心の片隅で、大きな飛行船が乗客と荷物を一杯に詰め込んで、大空を悠々と飛んでいる様子を思い浮かべるのであった。
「フラウよ、『 東に日出る国 』の邪馬台国に関する蔵書をもう一度良く読み直してみることじゃな!飛行船そのものが人材交流や産業の発展に大きく寄与したとことなどは一切書かれていないと思うぞ、、、」
それでもフラウ王女は、ハザン帝国の飛行船開発をこのまま続けさせることには脅威を感じていた。ハザン帝国は間違いなくトライトロン王国侵略目的で開発されているはずである。攻撃用に特化したハザン帝国の戦争用飛行船はフラウ王女にとっては大いなる脅威であった。
「確かに、『 黒い水 』を大量に積んだ飛行船がトライトロン王国の上空で爆発を起こしたら、王城も王都街も無事では済まないな 」
フラウは近い内に自分がハザン帝国に行き、詳細を調査しようと思っていることを卑弥呼に相談した。そして成り行きによっては、試作機の破壊や研究開発資料の破棄を敢行するかもしれないと、、、。
「そうじゃな!しかしフラウが寿命を全うした後には、あの飛行船の原理を応用して更に強力で、危険な『 飛行機 』というものが、種々の戦争に使われるのも既に決められた歴史なのじゃ 」
フラウ王女はジェシカ王女やニーナ蔵書館長の話、さらに卑弥呼との話を聞いているうちに、ハザン帝国への調査方法をもう一度見直すことにした。そしてハザン帝国の飛行船に関する調査は敢行するとしても、その研究資料の内容を確認し、直ちにこの世界の歴史を塗り替える程の内容でない限りは、ハザン帝国をあえて刺激することなくそのまま開発を続行させようという考え方に変更することにした。
ハザン帝国の飛行船の攻撃兵器としての弱点さえ知り尽し、その対応策に特化して研究を行えば、飛行船はそれのどの脅威ではないと思い始めていた。
卑弥呼も今フラウ王女が考えているように、今ここに至っては焦らずにむしろ慎重に考えた方が好ましいと判断していた。その意味ではフラウ王女が達したその結論に大いに満足していた。そして呟いた。
「無理して寝た子を起こすこともなかろうて、、、!」




