5−4 蔵書の中の錬金術師
その頃、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長は飛行船建造プロジェクトの具体的な人選に腐心していた。科学と化学はそもそも学問的に全く異なった種類のものである。
二人は試行錯誤の結果、最終的に科学者と化学者の別々の編成でプロジェクトを早急に立ち上げ、その責任者を決め、彼らが必要とする人材を探す方が効率的であるとの結論に達した。
目的の化学や科学関連のいわゆる、当時錬金術師と呼ばれる者達のリストをジェシカとニーナは穴が開く程、真剣に眺めていた。
そしてふとニーナ・バンドロン蔵書館長は、
” 私、何故今まで気がつかなったのだろう?”
と首を傾げていた。
「ジェシカ様!このリストどこかおかしいとは思いませんか?この蔵書に記載されている人物の中には、現在進行形でこれらの研究を行っていると思われる研究者と同じ名前が記載されています。
研究の内容から見て到底、同姓同名の別人とは考えにくいのですが、、、」
ニーナ蔵書館長は、何故1000年以上も昔の蔵書の中に、現在生きてその方面で活躍している人達の名前が書かれているのか不思議に感じていた。そしてそれがどう考えても偶然ではありえないとも思えた。
事実ジェシカ王女も最近になって気がついたことであった。その蔵書の中には、今現在自分達の住んでいるこのトライトロン王国ととても似たような国がとある世界に存在していて、その国の科学はとても進んでいたと仮定することができた。
この蔵書にはその王国のたどった歴史的事実が記載されている可能性が想像できた。
その過去としての記録の一部が、自分達がこの蔵書を発見したことでその秘密のベールを脱ごうとしているのではないかと、、、。
そう仮定すると理屈上は成り立つのだが、現在トライトロン王国内で科学や化学の方面で活躍している研究者と同姓同名の研究者がちらほら散見されることはジェシカ王女にはにわかには信じられない内容であった。
しかしジェシカ王女自身が半信半疑に思っていた想像を裏付けるように、今ニーナ蔵書館長が同様な感想をその蔵書から受けていることを口にした。
それは現在のトライトロン王国と似たような国が大昔に存在していて、その国の研究者が、今自分達が欲しいと考えている研究を既に試行錯誤をしながら推し進めていたとする仮説である。その彼らが自分達の研究成果を今自分達が見ている蔵書の中に残していたという。
そう考えると、もしかしたらここに記載されている研究者の一部は、このトライトロン王国内で、今同じような研究をしているのではないだろうかということが想定された。
「私達はこの蔵書の中に記載されていて、なおかつ現在のトライトロン王国内で活躍している研究者達を探すことができれば、その研究者は私達の求めている研究を効率よく推進できるかもしれませんね!」
ジェシカ王女は、過去に存在したトライトロン王国にとてもよく似た国で書かれたと思われる蔵書を今現在自分達が見ていることを確信できていた。
恐らくその蔵書に書かれているその国の文化はトライトロン王国より遥かに進んでいたと思われる。
あるいはトライトロン王国の未来に起こり得る出来事が過去の記録として記載されているのではないかと考えると少しは理解できる。
しかし、そんなことが現実に有り得るのだろうか、その点に関しては全く想像が及ばなかった。
「これまではお姉様や私の推測にしか過ぎなかったけど、今ニーナがそのことに気がついたこと自体、私たちの単なる妄想ではないことを示しているのかもしれないわね?」
ジェシカ王女は、姉と両親とクロード義兄意外誰も知らないトライトロン王国とは場所も時間も全く異なる世界の流れがどこかに存在しているのではないかと仮定した。
フラウ姉様が、その国の女王様とたまたま出会ったことからこの蔵書館の謎が判明したのではないかと思っていることを、真剣な眼差しでニーナにも話した。
「その異国の女王が邪馬台国の卑弥呼様という方で、その女王様がフラウお姉様と義姉妹になられたのですね 」
やはり、ニーナは勘が鋭い。その卑弥呼女王が先のハザン帝国の侵略の際にフラウ王女を勝利に導いてくれたのではないかと感じていた。実際のところは、あのハザン帝国の兵力から考えて、トライトロン王国が勝利するのは、常識では考えられなかったからである。
「しかし、それにしてもそのような凄い人を義姉にしてしまうフラウお義姉様って、やはり普通の王女様とは思えませんね!」
ニーナ蔵書館長は、たったこれだけのことでほとんどの真実にたどり着いていた。
邪馬台国の卑弥呼女王がフラウ王女の頭の中に入り込んでトライトロン王国にやって来たのには、ハザン帝国からの侵略に脅かされている王国を助けること以外に別のもう一つの大きな目的があった。
それは、王国蔵書館の蔵書に記載されている別の世界の邪馬台国の卑弥呼の生涯を知ることではなかったのだろうかとジェシカ王女は考えていた。そうすると、あの座学嫌いの姉が蔵書館に篭りっきりだった謎も解けてくる。
ジェシカ王女はそれらの蔵書を読みながら、自分の中で漠然と浮かんでいた想像が、ニーナとのこのやり取りによって、ほぼ確信に変わった。
ジェシカ王女はニーナが自分と全く同じ結論に達したことで、この蔵書の中に記載されている錬金術師の中で今でもトライトロン王国内で活躍している同姓同名の研究者を探し当てることができれば、王国科学技術研究所設立の最も近道であるはずと確信した。




