4−31 飛行船が飛ぶ理由(わけ)
ハザン帝国における飛行船開発の状況を知ったトライトロン王国においては、その対応策について報告会議が開催されていた。
” 今から飛行船の建造計画についての調査結果を報告してもらう ”
とのスチュワート摂政の合図で詮議が開始された。
飛行船の正体が不明な状況下であるため実際にはただ単にジェシカ王女とニーナ蔵書館長からの報告を聞くだけにとどまるでであろうことは出席者全員の認識しているところである。
「ジェシカ王女、ニーナ蔵書館館長!早速報告を始めてくれないか?」
実際のところ今回の報告は、調査期間が一ヶ月と限られていたため当然のことであるが、その調査には限界があり、またその内容がトライトロン王国においては、というより未だこの世界では初めて聞くような概念を数多く含んでいることを予め理解することから始める必要があった。
この会議に出席しているメンバーに大量のハザン帝国の兵士を乗せた重い飛行船がなぜ空中に浮かんでいることが可能なのかを話す前に、いくつかの自然の摂理に関する情報を理解してもらう必要があった。ジェシカ王女とニーナ・バンドロンを除けば、理解しようにも到達できるだけの知識を誰も持っていなかった。
そこでジェシカ王女は、まずいくつかの自然の概念を具体的に理解してもらうためにいくつかのデモンストレーションを用意していた。しかし、実際にはかりにその基本的概念を理解できたとしても、飛行船が浮かび飛行するまでの知識を共有することは事実上は不可能に近かった。
とはいえ今回の大型プロジェクトにはトライトロン王国の命運がかかっているのは明確である。そうなると今回二人が提出している企画書を無理にでも理解してもらった上で前に進まない以上、座して王国の滅亡を見ることになってしまう。
「自分達人間が生きていくのには絶対に欠かせないものがこの自然界には色々存在しています。私達はこれまでずっとそれは水と食料がそのほとんどを占めると考えていましたし、これまでの世界ではそれが常識でした 」
ジェシカ王女はその性格的なものもあってか、一気に捲し立てるようなことは決してしない。会議出席者が話の内容に拒否感を抱かないように、できる限り平易な言葉を選びながらゆっくりゆっくりと噛み砕くように話し始めた。
彼女の話は、動物が生きていくためには水や食料よりも更に大切なものがあることに触れながら、その大切なものは現実には人間の目では確認できないというところから始まった。
ジェシカ王女はそこまで言うと、唐突に詮議出席者に向かって、
” 皆さん!今から私が良いと言うまで、口と鼻を塞いでください "
と出席者に呼びかけた。
ジェシカ王女自身とニーナ・バンドロンが口と鼻を塞いで見せている。それを真似して皆が口と鼻を塞ぎ始めた。
次第に皆の顔が赤くなり徐々に身体が揺れ始め出した。
その頃を見計らって、
” はい、皆さん手を離してください ”
とジェシカ王女が大きく息を吸い込むと、途端に全員が一斉に大きく深呼吸し喘いだ。
「どうしてだと思いますか?何故、口と鼻を塞ぐと人間はこんなにも早く苦しくてたまらなくなるのでしょうか?」
・・・・・・・!
「それは、人間が生きるために必要な見えない『 何か 』がここに存在しているからです 」
とジェシカ王女は、空中を指差しながら、それを『 空気 』と呼んだ。
ジェシカ王女のいう空気は、この世界中の至るところに存在していて、人間や動物の生命を育んでいるらしい。しかし、この時代の人々には、目に見えるものだけが全てで、見えない物は存在していないのと同じであるため俄には信じられない話であった。
ジェシカ王女は更に、この世界にはその空気よりも更に軽くて目に見えないものもいくつも存在していて、ハザン帝国はそれを『 黒い水 』から得ているとの情報を確認しており、それを自分達はひとまず 『 ガス 』と名付けていた。
フラウ王女はその『 空気 』と『 黒い水 』のことについてはある程度知っていたのが、初めて聞く者には、ジェシカ王女が何を言おうとしているのかすら未だこの時点では全く理解できないでいた。
ジェシカ王女は、皆が少し焦れ始めた頃合いを見計らって参加者全員を見回すようにして更に説明を続けた。
「池の水の上で、枯れ葉はなぜ浮くのでしょうか?」
その理由は池の水よりも枯れ葉の方が軽いから浮くことができるのだと説いた。自分達の周りにある目に見えないその空気よりも更に軽いもの(ガス)を発見し、それを集めて袋に詰めることができたと仮定すれば、その袋は宙にに浮くはずだとジェシカ王女は説いた。
「それは、石だと手から離すと直ぐに落ちてしまうが、鳥の羽毛はゆっくりゆっくり落ちるのと似ているのか?」
フラウ王女の問いに、ジェシカ王女は、鳥の羽毛より更に軽いものが、先ほど自分が話した『 ガス 』の正体であると答えた。
恐らくハザン帝国においてはその空気より軽いガスを何かの弾みで発見し、それを袋に詰め込むとその袋が空中に浮く性質を利用して飛行船を建造しているらしいと、自分達の推論を述べた。
「それでは、実際にその空気より軽いものというものが存在していることを私が証明して見せます 」
ニーナ・バンドロンは大きな袋状の物でできた丸い風船のような物を取り出し、そしてわざと目立つように大きな動作で袋を揺らし、出席者の目を十分に引いた後その手を離した。
するとその袋はふわりと空中に浮いたかと思うと、次第に速度を上げながらスルリスルリと空中を上りはじめ、やがて20メートルある詮議場の天井にはりついてしまった。
一同からどよめきが起こり、フラウ王女も決して例外ではなかった。
「これがハザン帝国の飛行船が空に浮く原理なのです。分かり易いように今天井に張り付いているものを仮りに『 風船 』と名付けます。しかし、実際にはこの風船は大きな欠点があります、、、」




