4−26 飛行船建造計画
翌日、スチュワート摂政から詮議の召集がかかった。参加メンバーは、フラウリーデ王女、エーリッヒ将軍、ラングスタイン大将、グレブリー将軍、メリエンタリー第三軍務大臣及びジェームス総参謀長、クロード近衛騎士隊長であった。
そのメンバー構成からフラウ王女は直ぐにこの召集がハザン帝国の飛行船に関するものであると考えた。
「ハザン帝国に放ってある諜報員から、彼らが開発中の飛行船についての新たな情報が入ってきた 」
ハザン帝国における飛行船の開発が始められたその主な理由は、世界征服を前提としているというのがもっぱらの噂であるのだが、ハザン帝国において、『 黒い水 』が採掘できる場所は未だ見つかっていないのが実情である。
数年前、他国より取り寄せた『 黒い水 』を研究していた技術者の一人が空気よりもはるかに軽い気体の存在を知り、それを分離する方法を研究していた。
そして、その空気より軽いガスを集め袋に詰めると、その袋がたちまち宙に浮き、更に上空にまで登っていくのを発見した。その黒い水を温めたり冷やしたりしているうちに、温めることによって発生したガスを集め密封する装置の研究を行い、そのガスをその袋に封じ込めることに成功していた。
それ以降、ハザン帝国における飛行船開発の研究は急速に進んでいった。
そのことを知った軍幹部が飛行船により兵隊を短時間で近隣国に送り込み、占領し一大帝国を築き上げる野望を持つまでに至っていた。
そして、その大型飛行船は現在、十機ほどが建造中であるらしい。
「スチュワート摂政殿!ハザン帝国の飛行船の脅威について、どれ程とお考えなのでしょうか?」
メリエンタール第三軍務大臣の問いに摂政は、
” ハザン帝国が世界征服を前提として飛行船の開発に全力を挙げ、その第ーターゲットがトライトロン王国ではないだろうか ”
と答えるにとどめた。
「王国における対抗措置について、摂政殿はどのようなお考えをお持ちでしょうか?」
ハザン帝国の飛行船の脅威に関する対抗手段を聞かれたスチュワート摂政は少し困ったように、
” 王国では学術研究調査を始めたばっかりで、まだ明確な目標を定めるまでには至っていない ”
とぼそっと呟いた。
そしてフラウリーデ第一軍務大臣に王国における飛行船建造計画の調査状況について、話せる範囲で報告するように命じた。
当然自分に回ってくるとは覚悟していた摂政からの問いに、フラウ王女は意を決したように一呼吸置いて話し始めた。
実際、トライトロン王国がハザン帝国の飛行船建造計画を具体的に知ったのは、つい1ヶ月程前のことである。
「ハザン帝国は飛行船建造計画を数年前から始めていると聞いている 」
しかし現実的に考えると、一ヶ月前と三年前との時間の差は歴然で、ハザン帝国の首都の上空には飛行船の試作機が既に浮かんでいた。
一方のトライトロン王国においては、ジェシカ王女とニーナ蔵書館長がそれを実現する為の調査は行っているものの、恐らく、研究に携わる人材探しから始めなければならない状況なのが現実である。
もし、ジェシカとニーナが少し優れた程度の理系女子でしかなかったなら、この差を取り戻すことは事実上不可能であるのだが、この二人はハザン帝国の飛行船に対応するために生まれてきたと言っても過言ではないほど特殊な才能を有していた。
「私の妹ジェシカと、エーリッヒ将軍の御息女ニーナが寝食返上して調査している。最終案が出るまでにあと二週間を必要との報告だ 」
「誠に失礼な言い方になりますがお許しください。フラウリーデ王女様!このような重要案件をジェシカ王女様とニーナ殿だけに任せるのは少し酷ではないのでしょうか?」
ジェームス参謀長が少し遠慮がちにそうフラウ王女に問うた。参謀長ならではの質問である。彼以外の将軍達であったら、王室に遠慮して口をつぐんでいた可能性が強かった。
フラウ王女は、
” 自分の妹だから肩を持つわけではないが、飛行船の開発にあたっては、あの二人を除いてはそれを可能とする者は、少なくともこの王城には誰も存在していない ”
と言い切った。
「今王国内で技術者の発掘を含めて調査している。結論が出るまで今少し待ってもらえないか?」
フラウ王女はジェームス参謀長にそう頼んだ。
一般的に考えると、ジェームス参謀長は常識的な反応をしたと思われる。王国の運命を左右する案件の調査を、未だ成人にも達していない若い二人に任せ切りにすることは、普通には考えられないはずであった。
しかし、現実的にはフラウ王女が答えたように、王城内であの二人の知識に肩を並べる者はいないのも残念ながら否定できない。勿論、参謀長はそのことも十分に承知しながらの質問である。見方によっては参謀長とフラウ王女との出来レースであるが、周囲には理解しやすかったかもしれない。
フラウリーデが故意にそうしたわけではないのだが、話の途中で参謀長の意図を明確に感じていた。
これまで王国において、国と国とが雌雄を決する程の大きな戦争こそ発生しなかったものの、数回の他国との境界線争いや王国の小規模反乱分子の鎮圧は引き起こされたことはある。その折にはフラウ王女は常に先陣をきっており、無敗の常勝の名声を集め、『 龍神の騎士姫 』の二つ名で呼ばれるようになった。その時、フラウ王女はまだ16歳にしかなっていなかったことには出席者は思い至っていなかった。
しかもつい最近の出来事では、軍事大国のハザン帝国を数十騎の騎馬兵で翻弄したことも記憶に新しい。
フラウ王女にはジェームス参謀長の出来レースだということは理解できていたものの、一番弱い処を突かれてしまっていることも十分に理解できていた。
もし、今回の調査事項を任せる相手がジェシカ王女とニーナ・バンドロンでなければ、フラウ王女もここまで無謀な決断は下せなかったかもしれない。それ位、最近のジェシカ達には『 鬼神 』が乗り移っているようにさえ感じていた。
それでも、当然のことながらフラウリーデ王女はトライトロン王国としては彼女達二人にだけに王国の命運を委ねるのは極めて危険とも考えていた。
ジェシカ王女達が作成した報告書の審議が終わり、その時点で飛行船完成予定までに必要とされる時間次第では、恐らく重大な決断を下さなければならないと思っていた。
しかし,その方法についてまでは思い至ってはいなかった。




