4−25 見えない脅威(きょうい)
実際のところ、この時点における卑弥呼は飛行船に関する内容は蔵書館でその一部を見た程度の知識しか持ち合わせてはいなかった。それでも、蔵書の中で彼女が判断した内容としては、攻撃用の武器としても、人や物の大量輸送の手段としても、あまり実用性のないものだと判断していた。
フラウ王女は、トライトロン王国においては飛行船建造計画を推進し、ハザン帝国に対抗する覚悟は既にできていたのだが、果たして自分の考えだけで王国の上層部の説得ができるかどうかの不安がつのり始め、一人で焦っていた。
「フラウの気持ちはよ〜く分かる。先が見えない脅威に一人で立ち向かおうと考えているから、そう感じてしまうのだ。フラウや!実際、人は自分に見えないことにまで責任を負うことはできないのだぞ 」
相変わらず、神出鬼没の卑弥呼である。突然、フラウの脳の中に語りかけてきた。
確かに人は見えない物にまでは責任は負えない。
自分が預言者でも無い限り想像は出来ても確認する方法は無く、結局は発生した後でなければ対応は不可能である。
また、仮りにフラウ王女自身が予言できたと仮定しても、それを未然に防ぐこととはまた別問題である。未然に介入出来ないからこそ予言が成立する。
予言⇨修正⇨予言⇨修正の無限ループができ上がり、結局は予め定められた道を辿ってしまうだけのことになるのだろう。
そうであれば、最初から何もしないのと同じことになる。
だからと言って、フラウ王女が責任を放棄しようというわけではない。予想の可能な範囲での修正対策は全て打つつもりではある。
もしフラウ王女が極めて優れた王女だとしても人間であり神ではない。全ての出来事に関する責任は負えないし負う必要も無いのだが、若いフラウにはあらゆる負の出来事が自分の能力不足故に発生したと考えてしまうのであった。
それでも、卑弥呼義姉と話していると不思議と納得でき、フラウの傷んだ心に少しづつ染み込み、心の闇を徐々に拭い去ってくれたような気がしていた。
「可愛い義妹の頼みごととあらば、トライトロン王国であろうとハザン帝国だろうと、直ぐに飛んでいくから安心していろ!しかし、その前にジェシカとニーナの能力をもう少し信頼してやっても良いじゃないのかのう?」
卑弥呼に言われるまでもなくフラウ王女はあの二人を信頼していた。彼女らにできないことであれば王国で飛行船を造ることは絶対に不可能だと断言もできた。
卑弥呼が見る限り、科学や化学に関する二人の総合能力は少なくとも、極めて稀なくらいにすぐれているように思える。一方でそのことを予測していたので卑弥呼はあらかじめジェシカ王女に対し、いくつかの仕掛けを行っていた。
フラウの大きな瞳から涙が流れて水鏡の中に落ちて波紋を作った。
「フラウ!前も言ったじゃろう、水鏡の上で泣くと水が塩っぱくなると、、、。もう泣くのは止めて、笑うのじゃ。フラウに涙は似合わない。お前にはいつでもわしがついている、いつでもな 」
・・・・・・・!
「さあー気を取り直して水鏡を切るのじゃ!」
千年以上も邪馬台国の女王に君臨していた卑弥呼は、フラウには全く考えの及ばない色々な経験を積んできていると思われる。
元々、トライトロン王国と邪馬台国の行き来だけでも時空を超えているのだから、卑弥呼が話をしていないだけで、今のトライトロン王国より遥かに科学や化学の進んだ時代へも行き来している可能性は否定できなかった。
卑弥呼をトライトロン王国の蔵書館に連れて行った時、卑弥呼が『 東の日出る国 』の蔵書で未来事を極く自然に読んで受け入れていたことを思い出し、本当に自分が行き詰まった時には、卑弥呼に本気で助けを求めれば、必ず卑弥呼義姉が手を貸してくれるはずだと確信が持てた。
その考えに至ったことでフラウ王女は大きな荷物が一つ降ろせたような気がして、微笑んだ。
「そうじゃ!フラウは笑顔が良く似合う。もうそろそろ水鏡を切れ、、、!そして一晩寝たらいつものフラウに戻るのだ!お前の側には何時でもわしが居るから、、、」
水鏡を切ると、フラウは真っ直ぐにジェシカ達の部屋へと向かった。相変わらず、人のいる気配はするものの二人の姿は見えない。時折聞こえる紙を丸める音で、二人の存在が確実となる。
もう、時刻はとうに翌日の朝になっている。
フラウ王女は、この時この若い二人が戦場で命をかけて戦っている自分と重なり、涙が滲んできた。
フラウ王女が、邪魔をしては悪いと考え直し、ドアを閉めようとした時、ジェシカ王女が、
” こんな夜更けに急ぎの用事でも ”
と聞いてきた。
部屋をのぞきにきたことを知られ、少し気まずくなって、卑弥呼お義姉様と話していたら、二人にことが気になって、ちょっと寄ってみただけだと答えた。
「それにしても大丈夫なのか?こんな夜更けまで調べ物をして、、、。悪いな二人にだけ押し付けてしまって 」
「もう大丈夫です、ようやく先が見えてきました。明日からは最後のまとめに入りたいと考えています 」
「悪かったな、二人の邪魔をして 」
フラウ王女は、そういうと逃げるように自分の部屋へと向かった。やはり、二人に任せっぱなしにしていることに対して、相当負担を感じている自分を感じていた。




