4−14 天然なフラウ王女
トライトロン王国は、冬でもさほど寒くはならない。かつて、卑弥呼から聞かされた邪馬台国の冬は、見渡す限り目に見える全ての世界が銀白に染まるという。そう真っ白い冷たい『 雪 』というものが降り積もるそうである。多く積もった場所では1m以上にも及んでいるらしい。
フラウ王女は、王城の尖塔から見渡す限りの真っ白な光景を想像してみたものの、やはり雪そのものを一度も見たことのないフラウにはどうしても想像が及ばなかった。そして何としても邪馬台国の冬の積雪の風景を自分のその眼で見てみたいと、切に願った。
城の周りを紅葉色に染めていた木々の葉は今は全て落ちてしまい、枝だけが寂しそうに初冬の風に吹かれて、そして少し嫌そうに身を震わせた。
フラウ王女は、婚約者クロードの手を握った。
「クロード!色々心配かけて悪いと思っている。しかしやっと私は女王の後を継ぐ覚悟ができた。これからも色々心配や苦労をかけると思うが、クロードが一緒に居てくれたら私は頑張れると思っている 」
フラウ王女はとうとう王国を担うことを決心したようである。
いつもはクロードに甘え、色々とわがまま言っているのだが、クロードだけはどんな時にでも自分の味方でいてくれるようなそんな気がしていた。もちろんそれが自分のわがままで独りよがりの願いだとは十分に認識しているつもりであった。
幼い頃から王国の後継者として自覚しながら生きてきた王女にとって、婚約者のクロード・トリトロンは唯一自分が甘えることのできる存在であった。
「私が誰から非難されようともクロードが一緒に居てさえくれれば、私は耐えれると思うから、、、!」
クロード近衛騎士隊長はフラウ王女の話に応える代わりに、彼女の手を力を入れて優しく握り返した。
城が近づくにつれフラウ王女は、蔵書の山に埋もれて一心不乱に課題を解決しようとしている妹のジェシカ王女と将軍の娘ニーナ・バンドロンの顔を思い出した。
「たった今、ジェシカ王女様のことを考えたでしょう!」
「なぜ分かったんだ!知らない内に声に出してたのか?」
クロードは、フラウ王女の婚約者だから、それ位分からないと恋人失格ですと笑いながら答えた。
「とても嬉しいけど、ちょっと怖いような気もする、、、」
クロードは、フラウの手をぎゅっと握ると、
” 私は急ぎ城に戻り、料理人にパイを焼いてもらいます。運が良ければちょうど焼き上がったのがあるかもしれません ”
と言って走り始めた。
それでも、フラウ王女はクロードがなぜ急にパイの話をして走り去ったかをよく理解できずにいた。
フラウ王女は久し振りに自分の持てる限りの技術と気力で将軍と対峙できたことにとても満足していた。そう言う意味で、フラウはやはり根っからの武人なのであろう。
可能であれば、政治の面はクロードが全面的に掌握してくれることを願っている。恐らく政治的な側面はフラウよりクロードの方が遥かに緻密で優れているとさえ思っている。そういうことを考えながら歩いていると、いつの間にかフラウは城の周りを一周していた。
王城への入り口の所で、クロードが焼き上がったばかりのパイをワゴン車にのせて、フラウ王女を待っていた。その姿を見てフラウはクロードがあの時なぜ走って行ったのかをやっと理解した。
「そうだったのか!このパイは、ジェシカ王女達の所に持って行くのか? それで、急いで城に戻ったのだな!」
クロードはフラウ王女の言葉を聞いて、がっくりと肩を落とした。そしてこの時、フラウ王女と自分の性格の違いがはっきりと分かったような気がした。しかし、それが決して不快だとは思わなかった。
恐らく、そう言うどこか天然なフラウ王女だからこそクロード近衛騎士隊長は彼女を好きになってしまったのかもしれない。
二人は焼きたてのパイと紅茶の乗ったワゴン車を押しながら、ジェシカ王女の部屋へと向かった。途中幾人かのメイドと出会ったが、二人が並んでワゴン車を押していることに誰もが首を傾げながら後ろを振り向いた。
ジェシカ王女の部屋に着いてドアを叩くと、中からいかにも邪魔しないでくれというようなうめき声に近い返事がもどってきた。
それでも焼きたてのパイの匂いに気がついたのか、
” お姉様、とてもお腹が空いてたの。ちょっと立て込んでいたのでお昼を抜いてしまいました!”
満面の笑みで迎え入れた。
「フラウ王女様、今朝方依頼された ” 刀(katana) ” のことですが、蔵書館に行って、幾つか参考になりそうな蔵書を選んできました。これは、2〜3日中にまとめて報告しますので、もうしばらくお待ち願えませんか?」
「ニーナ!悪いな。飛行船の調査で忙しいのに、無理に別件を頼み込んだのはこの私だ。ゆっくりやってくれて構わない 」
久しぶりに、ジェシカ王女の部屋は焼きたてのパイの香ばしさと紅茶の芳醇な香りで包まれれた。
それにしても、ジェシウカ王女の部屋は今や蔵書館の別館ではないかと思えるほど、蔵書と二人の書物であふれている。
一見雑然と並べられているように見えるそれらの蔵書も、二人に言わすればちゃんとある法則を保っているらしい。




