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1−12 戦禍(せんか)の前

 詮議場を出たフラウ王女とクロード騎士隊長は並んで歩いて王城へと向かった。一緒に歩いていく内に、少しずつ先程の詮議場での高揚感から解放されつつあった。


 クロード近衛騎士隊長は、これ迄フラウ王女からは全く考えられない詮議場での発言に違和感を覚えていたので、その真偽を確かめたいという気持ちもあり、尋ねてみた。

「何か、聞きたいことがあるようだな。クロード?」


「詮議の際に王女様から発表された私が副参謀長になることに関してではありません 」

「じゃー、一体何なんだ?」

「今回の王女様の詮議場でのお言葉、これまでとは大きく異なる戦略的構想が語られたので本当に驚いているだけです 」

「クロード!お前の眼には私は脳筋だけの女にしか見えていなかったのか。いくら何でもひどすぎないか ? 許さんぞ!」


 フラウ王女は、これまで殆んどの戦いで先陣をとり、自ら真っ先に突撃し相手を撃破(げきは)するというのが常であった。もちろん戦略的構想を全く持たないという訳では無かったが、どちらかと言うと常に行動が優先した。

 そう言った意味で、ハザン帝国という強大すぎる相手を前にして自分のこれまでの戦いへの考え方が少し変化し始めていることを自分自身でも感じていた。


 また、その変化が先般の洞窟での失踪事件と決して無関係ではありえないと思われてならなかった。恐らくものごとを対局的に見て、そしてそれにもとづき戦略的構想を練るという考えは、少なくともこれまでのフラウ王女では贔屓目(ひいきめ)に見ても優れていたとは言えなかった。


「今日は、疲れた。食事を済ませたら寝るから、クロは、明日の詮議の為の準備をしておいてくれないか 」


 フラウ王女は、クロードの目を見ながらいくつかの期待を含めて話を続けた。

 その内容は、ハザン帝国軍の進軍速度とか、王城に敵国が攻撃して来た場合、それに対応するための陣構(じんがま)えだとか、またいかにして敵の王城攻撃をやり過ごすかなどであった。


「ああ!それからハザン帝国との国境付近を含む我が王国の詳細な地図も準備しておいてくれ 」

「承知しました。圧倒的に不利な状況ですが、姫様の顔を見ていると不思議と負ける気がしません 」


「おい、クロ!おだてても何も出らんぞ。それとも私を()きつけているか?」

 フラウは、クロード近衛騎士隊長をからかうように微笑みながら振り向いた。


「あっ!忘れるところだった。明日の詮議には、ジェームクント、メリエンタール大臣達、それから総参謀長のジークフリードを呼んでくれ!」


 夕食の食卓では妹のジェシカ王女が待ちくたびれた様子で、立ち上がりフラウ王女の手を取って、いつもの自分の横の椅子に座らせた。

「ジェシー!どしたのだ、メイドに任せれば良いのに 」

「私、早くお姉様にお会いしたくて、づっと待っていましたの。だってお姉様最近忙しくてちっとも私に構って下さらないんですもの 」


「うーん、可愛い、、、 」


 妹の庇護欲(ひごよく)をかき立てる効果絶大な不安げな顔を見ていると、戦争が起きようとしていること自体がよそごとのように思えてならない。

 そして、これから引き起こされるであろう戦禍(せんか)の前のこのひと時の平和な時間こそがとても貴重なもののように思われた。


 フラウ王女は先程の攻防戦に関する戦略構想を明日から具体的に立案して行くのかと思うと、独りでにこれまでには無い(たかぶ)りを覚え、それは猛烈な空腹感を伴っていた。


 瞬く間に食事を平らげて行く姉を横目に見ながら、ジェシカ王女はとても幸せそうに微笑んでいる。

 ジェシカ王女の中の姉フラウは、恐らく『 とても頼り甲斐のある騎士様 』というところなのであろう。

 食事の時に飲んだワインが、フラウ王女の少し日に焼けた白い肌をうっすらと桜色の紅で()いたかの様に美しく化粧を施していた。


 ハザン帝国の侵攻までもう既に1ヶ月を切っている。


 明日からやらなければならないことの多さにフラウ王女は愕然(がくぜん)としながらも、少なくとも今しばらくは妹や両親との貴重な時間を共にしたいと考えながら、やがて深い眠りに落ちていった。


 そしてフラウ王女は、見知らぬ国に君臨する卑弥呼(ひみこ)と呼ばれる女王が側近達を集め星読みの術や先読みの術を駆使して多部族からの侵攻に対応すべく奔走(ほんそう)し、その結果、多部族の侵攻をことごとく防ぎ、邪馬台国(やまたいこく)と呼ばれる強大な統一国家の最高指導者となる夢を見ていた。


 その朝は少し粘り気のある汗と共に目が覚めると、フラウ王女の夢の中に現れた彼の国の卑弥呼に実際に会ってみたいと思った。いやこの(いくさ)が始まる前に何としても会う必要があると思えてならなかった。


 しかし卑弥呼女王と出会ったことそれ自体が、現実には夢の中のような出来事であり、実際に彼の国に卑弥呼が存在しているかどうかさえ今は知る(すべ)がなかった。

 それでも、フラウ王女はもう一度あの洞窟に行けば何か手掛かりが必ずつかめる様な気がしてならなかった。


 翌日のハザン帝国侵攻への対応準備に関する会議は、かなり白熱を帯びたものになったが、フラウ王女が満足するような具体的な対応策をひねり出すことはできなかった。

 フラウ王女は両軍務大臣と総参謀長それからクロード近衛騎士隊長に、ここ一週間で奇策や謀略類にかかわらず、とにかくハザン帝国に勝つために役立つ戦略・戦術を立案する様に命じた。


 トライトロン王国は、この戦いに必ず勝ってハザン帝国が二度と王国に侵攻しようなどという良からぬ野心を抱かせない樣にする必要があった。

 もしそれが可能であれば、今後他の国々に対してもトライトロン王国が絶対的な力を持っていることを見せつけるチャンスでもあった。

 その為にもフラウ王女は、何としてでもこの戦を乗り越えなければならなかった。


 フラウ王女は次の詮議を一週間後にすることを指示を残して、詮議場を後にした。

 

 詮議場を出たフラウ王女は、城の敷地内の良く手入れされたバラ園へと一人で向かった。

 そのバラ園には色々な種類の薔薇(そうび)が植えてある。そのバラ園は母のエリザベート女王が幼少の頃には既に今と同じように種々のバラが咲き(ほこ)っていたらしい。


 薔薇の花弁の色の種類の多さもそうだが、何よりも一年中季節と関わり無くどれか花が咲き乱れていた。バラ園の中に入ると、花の蜜の甘い香りがどこからともなく漂ってくる。


 フラウ王女は最も多くの薔薇(そうび)の花が咲き乱れている場所の近くのベンチに腰掛けた。白や赤に黄色い薔薇の間の所々に青空を更に濃くした紫に近い色のものも咲いていた。

 フラウはその濃い青色の薔薇を見ながら、何故か邪馬台国の卑弥呼女王の端正で美しい顔と時折紫色に輝いていた黒髪を思い出していた。


「もう直ぐ、卑弥呼女王様にフラウが逢いに行きます 」

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