4−11 家族の痴話喧嘩(ちわげんか)
ニーナ・バンドロンがジェシカ王女と一緒に調べ物をするようになってからは、夕食の時間になると決まってニーナがジェシカ王女の後ろについて食堂に入ってくるよになった。
ジェシカ王女はニーナ・バンドロンを自分の横に座らせて、飛行船や調べ物の話に花を咲かせている。
ニーナ・バンドロンはジェシカ王女に言わすれば、自分でも舌を巻くほどの勤勉家で、暇さえあれば蔵書館に行き色々な蔵書と格闘しているるらしい。彼女は守備範囲も広く、国文学に始まり外国語、更には世界情勢史にまでおよび、特に錬金術に関連に関しては科学、化学や生物学更には自然科学や天文学などにまで及んでいた。
確かに、彼女はトライトロン王国にやってきた当時とは比較にならないほど、活動的になってきている。ジェシカ王女に言わすれば、水を得た魚だと、、、。
事実、ジェシカ王女とニーナ・バンドロンが二人で真剣に話し合っているときには、フラウ王女やクロードはその内容の半分もわからない。
そんな二人にエリザベート女王とスチュワート摂政は、もう一人子供ができたように嬉しそうに眼を細めそのやりとりを聞いている。
フラウ王女の婚約者のクロード・トリトロンも最近比較的時間が空いているらしく、近衛騎士達に剣術の指南を行ったり、エーリッヒ将軍やラングスタイン大佐からの指南を受けたり、逆に王国の剣法を指南したりしているようだ。
フラウ王女もそろそろ鍛錬場に顔を出して、彼らと模擬試合をしたいと考えていた。
「そういえば、将軍や大佐殿、近衛騎士達が最近フラウ王女が鍛錬場から足が遠のいているので、とても寂しがっているようですが、、、」
クロードの問いかけに、
” そうか、将軍殿たちがそう言っていたのか?実はな、ジェシカ達に手伝おうと思っていたが、体よく断られてしまったよ。二人が凄い勢いで纏め上げてくれている。むしろ私は邪魔なようだ ”
と待っていましたとばかりにその顔が綻んだ。
「フラウ王女は座学が苦手だったものな!」
「クロード!幾ら何でもその言い方はひどいじゃないかな。クロードだって座学はジェシカやニーナ程得意ではないだろう 」
人それぞれ向き不向きがある。クロード自身ははフラウ王女と一緒に戦場を駆け巡る時が一番自分が生きていると実感できていた。
「今度鍛錬場で、本気で模擬試合でもするかな?クロード!」
「フラウ王女!殺気が漏れ出てきていますよ。将軍達から習ったでしょう。気を殺せと!」
フラウ王女は、この時、クロードに勝ったと思った。彼はまだ『 静の剣 』を圧倒する唯一の方法が掴めていないようである。気を完全に殺した『 静の剣 』に唯一勝つ方法は、相手が怯むほどの怒気を与え、相手を誘い込むことだということを、、、。
「もしかして、フェイントですか?」
「そうだ!一瞬のことだと将軍程の剣の達人でも自分の気を隠せなくなり、咄嗟にわずかではあるが、殺気を漏れ出させてしまう場合があるようだ 」
と先般のエーリッヒ将軍との模擬試合で感じたことを、クロードに話した。
「しかし将軍達が怯むほどの殺気って、どれ程威圧したのですか?」
確かに先般の将軍との模擬試合では、フラウ王女の怒気が桁外れであり、エーリッヒ将軍はつい誘い込まれれるように抜刀した結果、太刀筋を読みきっていたフラウ王女に剣を突きつけられる結果となってしまっていた。
「そんなことがあったんですか?でもそれはそれ、これはこれ。お姫様が所かまわず怒気を露わにしていたら周りが萎縮してしまうと思うのです 」
今日のクロードは、やけに自分に突っかかってくる。何かあったのだろうかとフラウ王女は思ったりもしたが、単に鍛錬場に一緒に行きたかっただけなのかもしれないと思うことにした。
実際のところは、最近王国科学技術省設立の件で忙しくしているフラウ王女にたまには自分に付き合って欲しいとの婚約者クロード・トリトロンの精一杯の意思表示だったようである。
「思いっきりストレス発散した方が良いじゃないのかな、お姉様!ここ最近蔵書館通いの私達に付き合って鍛錬とは遠ざかっておられたでしょう。鍛錬場で一杯汗を流したら、スッキリしますよ 」
そう妹に言われてしまったフラウ王女は、
” これではどっちが姉だか分からないな!ホッテンボロー王子に恋をし始めて何だか急に大人になってきたような気がする ”
と小さくぼやいた。
「よーし、皆んなも食べ終わったし、そろそろお開きにしよう!」
父スチュワート摂政の声かけで、ちょっとした家族の小競り合いに終止符が打たれた。それもこれも一時の平和が齎らす誰にでもある悪戯心なのかも知れなかった。このように平和で軽い痴話喧嘩もできるこの時間が本当はとても貴重なのかもしれなかった。
フラウ王女とクロード近衛騎士隊長が肩を並べて食堂を後にした。その後ろをジェシカ王女とニーナ・バンドロンが引き続き資料をまとめるために部屋へと急いだ。




