4−1 後悔と代償
ハザン帝国の強制的管理下にあったエーリッヒ将軍とラングスタイン大佐の家族を救出保護したフラウリーデ王女は、自分自身が暗殺者になってしまったことに、悩み続けていたがそれが女王となるための試練の一部なのだと考えることにした。
フラウ王女が救出した家族の中に、ジェシカ王女と同い年のニーナ・バンドロンがいた。最初のうちは学問好きな普通の少女と思われたが、彼女の技術的な知識は常人のものではなくトライトロン王国のみならず世界を牽引するほどの技術者に成長していく。
そのニーナ・バンドロンの救出作戦にあたっていたフラウリーデ王女は、ハザン帝国の首都の上空で巨大な飛行船を発見する。この飛行船の発見が、トライトロン王国の眠っていた技術力を目覚めさせることになる。
ハザン帝国との戦が終わり、トライトロン王国の捕虜となったハザン帝国のエーリッヒ・バンドロン将軍とラングスタイン・ザナフィー大佐は多少の逡巡はあったものの、トライトロン王国の『 龍神の騎士姫 』第一王位継承者のフラウリーデ・ハナビー・フォン・ローザスに残りの人生を預けた。
彼らの家族がハザン帝国の首都で幽閉されていることを知ったフラウ リーデ王女は、ダナン砦の斥候兵二人を含めた王国の精鋭7人でハザン帝国に潜入し、彼らの家族の救出作戦を行った。
しかし、救出することしか考えていなかったフラウ王女は、その救出劇に当たって、大きな代償を払わなければならなくなることまでについては、念頭になかった。
将軍達の家族を無傷で救出するためには、ハザン帝国の監視兵達をまるで自分自身が暗殺者になったかのように問答無用で彼らを無力化するしか方法がなかった。
フラウ王女は、意を決してその実行命令を出すとともに、自らもその監視兵達を相手から悟られぬうちに無力化してしまった。
一方で、フラウ王女は剣の達人であることを自負しており、暗殺紛いの方法を取らざるを得なかったことと、それを実際にやってのけた自分自身の行為にひどく傷ついてしまっていた。
当時、王国内での小規模反乱や他国からの小規模な侵略などの際には必ずフラウ王女は先陣を切って敵を殲滅したものだった。その場合は、少なくとも双方が相手を害する目的で対峙するのが普通である。時としてはお互いに名前を名乗りながら戦ったりもした。
今回の救出作戦のように、相手の戦闘体制が全く整わない内に、あるいは後ろから一方的に殺戮するような経験は少なくともこれまではなかった。
フラウ王女は自分がまるで暗殺者になったような気分に囚われ、ひどく落ち込んでいた。
乱れに乱れたフラウ王女の精神状態に気がついた義姉で邪馬台国の女王卑弥呼は、フラウ王女の脳に語りかけてきた。
卑弥呼はフラウ王女を慰め、彼女のとった行動を一方的に避難するようなことは決してしなかった。
そして、まるで自分の子供に言い聞かせるように、優しく大きな心でフラウを包み込んでくれた。
卑弥呼は、これから先もフラウ王女が自分の考える正義を貫くためには意図しない多くの犠牲を必要とし、それを避けて通ることは不可能で、王族として生まれた以上はそれが彼女に与えられた宿命なのだと説いて聞かせた。
また、こちらの正義は必ずしも相手にとっての正義ではなく、正義と悪はそれぞれの立場によって容易に逆転してしまうことも併せてフラウに説いた。
フラウ王女がこれから王国を守り抜き、大きく発展させるために必要となる全ての行動には、『 正義か悪か 』のジレンマが常につきまとうであろうことを念頭に置いておく必要があった。
卑弥呼からそれがフラウ王女の宿命だと諭れ、自分を無理に納得させた。
ほぼ永遠の命を持つと思われる卑弥呼は、もしフラウ王女が大きく人の道を踏み外さないようにちゃんと見張っているという言葉を最後に聞きながら、少し安心して眠りについた。
人質救出作戦から10日が経過した。フラウ王女の精神状態も徐々の安定を取り戻し、少しづつ気力が満ち始めてきた。
フラウリーデ王女、クロード・トリトロン近衛騎士隊長、エーリッヒ・バンドロン将軍及びラングスタイン・ザナフィー大佐の4人はフラウ王女の部屋の応接間のソファに座って話をしていた。
フラウ王女の侍女シノラインと妹ジェシカ王女の侍女アンジェリーナが紅茶と焼き菓子を運んできて、テーブルの上に並べた。
フラウ王女は、これといって特別な用事があって彼らを呼んだ訳では無かったが、先のハザン帝国での救出作戦以来ずっと心の隅に引っかかっていたことについて話し始めた。
事実、彼女はハザン帝国から帰ってしばらくは、人質救出のための殺戮だったとはいえ、それを敢行してしまった自分が許せなくて、気力を無くしていた。
卑弥呼の慰めでやっと自分を取り戻し始めたフラウ王女は、自分の喉の奥に引っかかっていた小骨の正体を知りたくて、この3人を自室に呼んでいた。
「ハザン帝国の首都の空中に大きな船のようなものが浮かんでいたが、、、」
エーリッヒ将軍はやはり心当たりがあったようで、思い出す仕草を見せていたが、やがて少し苦い顔をして、あの空中に浮かんでいたものは、戦争用の武器としてハザン帝国軍部が国の威信をかけて開発中の大量兵士運搬用の攻撃型飛行船であることを話し始めた。
フラウ王女がハザン帝国の首都上空で見た船は、やはり帝国精鋭の軍事科学省の専門家を結集し、多額の開発費を投入した第1級の国家機密事項の戦争兵器とうわさされていたものであった。




