3−35 時空を超えた水鏡(みずかがみ)
フラウ王女の脳内から卑弥呼の気配が徐々に薄れていった。
フラウは掠れた声で
” お義姉様 ”
と叫んでいた。無性に義姉に会いたくなった。
ふと『 水鏡 』 のことが脳裏を掠めた。そしてあわてて水鏡をのぞき込むが、そこには何も写っていなかった。
気がついたら、フラウ王女は一心不乱になって卑弥呼から教わった神話時代の呪文を唱えていた。呪文詠唱が終わり、しばくしたら水鏡の表面が小刻みに波打ち始めた。
しかし、そこに卑弥呼の姿が現れてくる様子はなかった。
あきらめてフラウ王女がソファに戻ろうとしたその時、
” フラウなのか?”
と間違えるはずもない卑弥呼の声が聞こえてきた。フラウは慌てて、水鏡を覗いてみた。そこにはどうしても逢いたかった義姉の端正で、それでいて母性を感じさせる微笑みが見てとれた。
卑弥呼の顔を見た途端、フラウの目には大粒の涙が浮かび、そして水鏡の中に落ちた。
「フラウ!水鏡がしょっぱくなるではないか。いや、まあそれは冗談だが、それにしてもトライトロン王国と邪馬台国との交信に水鏡が使えるとは、わしもついぞ考えてもみなかったぞ。やはり長生きはするもんじゃて、、、」
見当違いのことを言いながら茶化している義姉に向かってフラウは、
” お義姉!どうしても貴女の顔が見たかったのです ”
と途切れ途切れの声でつぶやいた。
「可愛いことをいってくれるのう。これで少しは安心できたか?私の顔でよければ、いくらでも好きなだけ見てくれて良いぞ 」
卑弥呼は冗談めかしてそういっているが、恐らく照れもあったのだろう。そして、それを隠すように、
” フラウとわしの水鏡の通信のことは他の者には内緒にな!二人だけの秘密にしておこう!”
と片目をつむっておどけてみせた。
卑弥呼は、フラウ王女が思念を爆発させることなく、水鏡で卑弥呼に連絡出来たことに疑問を感じていた。そしてはしばらく考える素振りを見せていたが、急に思い至ったかのように、その指を形の良い唇に当てた。
卑弥呼自身が到達した結論は、フラウ王女の呪文詠唱により水鏡に発生した波紋が、王城の近くにある洞窟内の魔法陣に伝わり、その波紋が魔法陣を介して邪馬台国の神殿にある魔法陣を通り、卑弥呼の部屋の水鏡に映ったのであろうと、うんうんとうなづきながら納得していた。
「どうか!今夜は眠れそうか?」
「お義姉様の顔が見れたので、もう大丈夫です 」
そう言いながら、フラウ王女は短い呪文を唱え、水鏡を切った。そして、これからは義姉の顔が見たいと思えば、何時でも水鏡を使うと会うことができると思うと安心したのか、自然とその白い顔に微笑みが浮かび、その途端に睡魔が襲ってきた。
女王への道が1歩近づくに連れ、フラウ王女の心の中に刻まれていくささくれのようなな傷、これは致命傷ではないが、彼女が死ぬ時まで永遠に続くであろう、彼女に与えられた試練なのかもしれなかった。
フラウ王女は、千年以上も生き、邪馬台国を守っている卑弥呼の想像もつかない闇の中を歩くような、暗くて長くて人生のほんの一旦を垣間見たような気がした。そして卑弥呼の強い精神力に圧倒され、少なくとも今の自分では絶対に到達できない生き方だと感じていた。
千年以上もそれを繰り返えされる無限に近い暗闇の洞窟の中を、僅かに見える明かりを目指してたった一人歩いている義姉卑弥呼女王の心情を考えると、卑弥呼の笑顔の中に隠されている数えきれない悲しみや苦しみを感じ、フラウは枕を濡らした。
フラウ王女には、生まれたその時から自分が将来トライトロン王国の女王となる運命を背負っていた。一つの問題を解決すれば、また新たな課題が発生してくる。
こうしている間にでもフラウ王女に与えられた次の試練が次々と土の中から芽吹こうとしていた。
(第3話おわり)




