3−33 忍びの部隊殲滅(4)
翌日の夕刻、一行の姿は既にトライトロン王城の城門の前にあった。先に連絡を受けていた門番は直ちに開門した。城内に入ると、フラウ王女の父スチュワート摂政が迎えに出てくれていた。
またその背後には妹のジェシカ王女が微笑みながらフラウ王女達を待っていた。
「ただいま帰りました 」
フラウ王女はそう言いながら、ジェシカ王女に
” ジェシカ!将軍の娘さんのニーナ・バンドロンさんだ。城内や王国のこと色々と教えてあげてくれ ”
と紹介した。
二人は同じ歳であり、将軍の娘ということもあって十分な情操教育も受けているはずなので、恐らくすぐに打ち溶けるだろうとフラウは考えていた。
スチュワート摂政は、再度皆んなに労いの言葉をかけ、しばらく休憩するように勧めて遅い夕食に招待することを告げて立ち去った。
ラングスタイン大佐の息子も5歳と幼い年齢であるにもかかわらず、途中全く泣きごとをいうこともなく気丈に振る舞っていたが、今は珍しそうに城の中を走り回っていた。
将軍や大佐の家族とはいえ、一国の女王や摂政、王女達と一緒に食事することはさすがに緊張を強いられているようである。フラウ王女は、できる限り早く食事を切り上げると、部屋でゆっくり旅の疲れを取るように勧めた。将軍と大佐の部屋にはそれぞれの専属のメイドがついている為、特に不自由は無いと思われた。
妹のジェシカ王女が姉フラウ王女と何か話したさそうなそぶりを見せていたが、
” ずっと走り詰めで疲れているので、悪いが明日にしてくれないか?”
と囁いてジェシカの頬にキスをした。
フラウは自分の部屋に帰ると、義姉の卑弥呼に思念を飛ばした。ややあって、卑弥呼からの思念が返っててきた。
「救出作戦はうまく行ったようじゃな!得るものが大きい時は、失うものも大きい。王国を担うということは結局そういうことなのじゃないかな ?」
どうやら卑弥呼は既にフラウが昨晩から悩んでいる内容を既に知っているような念話の内容であった。
「フラウの世界には『 等価交換 』と言う言葉は存在しているのかな?」
・・・・・・・!
「何事か大事を成そうと言うときにはそれに見合うだけの犠牲を捧げなければ、取引は成立しないと言う意味じゃが、、、」
フラウ王女はトライトロン王国内でその言葉を聞いたことはなかった。自分が知らないだけかも知れないが、思い当たらなかった。
確かに初めて聞く言葉ではあったが、その意味することはある程度理解できた。
「 犠牲無くしては得るものは無いということなのでしょう 」
「そう、自然の摂理とでも言うかのう?只な、為政者になると多く者がいつの間にかそれを忘れてしまうのじゃよ。自分は正しいことをしているのだから、多少の犠牲者が出たとしてもその者達は正義の為に、自分のために喜んで死んでくれれているのだと考えてしまう 」
卑弥呼の言わんとすることはフラウにも理解できていた。自分にとっての正義は必ずしも相手にとっては正義ではないことも。今回の救出作戦の一つを取り上げてもそのように考えれれる。
フラウにとっての『 善 』は、ハザン帝国にとっては『 悪 』である。立場の違いが物事の善悪を決めてしまうことが多い。
自分がやろうとしていることが独りよがりではなく、真に王国や王国の民の為のものであれば、彼らは王国の為に生死を共にし、必要となれば、その命さえも喜んで差し出してくれるであろう。
しかしその考えが独りよがりで、自分の後ろに王国の民が誰もいなかった場合には、自分がいくら正義だと言い張っても誰もそうは認めない。仮りに自分がその時女王の地位にあったとしてもそれは虚飾の服着た中身の無いピエロと違わない。
人間は動物を狩って、植物を育てて食料にする。そしてそのことを人間は当たり前だと思ってしまっている。 しかし狩られる彼らもその世界で生きる権利が与えられているはずである。そのような動物や植物から見れば、一方的に狩られることはとても理不尽に命を絶たれてしまっていることになる。
「フラウの世界でも食事の前に神様に感謝のお祈りをしていたよな 」
「はい、確か邪馬台国では食事の前に手を合わせ『 頂きます 』と言ってから食べ始めていたあのお祈りのことですね。あれはやはり尊い命を頂きますと言う意味だったのですね 」
人は自分が生きるために多くの物を犠牲にししなければならない。それは生きていく上での必要悪である。しかし人がそのことに関する感謝を忘れてしまった場合、生物界の頂点に君臨する資格はなくなる。
フラウ王女が最初に邪馬台国に行った時、大和国での食事風景を実際には見てきていたのだが、その時には精神的余裕が無く、そのことを明確に認識できたのは二度目に邪馬台国に行ったときであろう。
卑弥呼や姫巫女も九郎兵衛も同じように箸を両手でささげ、目の高さまで持って行き、軽く一礼しながら『 頂きます 』と言ってから食べ始めていた習慣を思い出していた。
「まあ、かいつまんで言えばそういうことじゃ。フラウが今悩んでいることそれ自体が等価交換が成り立っているといえば、そう言えるじゃろうな。だから今回のことは早く忘れて、その分トライトロン王国の正義の為に突き進んで欲しいと考えておるのじゃがのう、、、」
「有難うございます。お義姉様、これでやっと安心して眠れます 」
「そうか、フラウの役に立ったならわしも嬉しいぞ 」
やがて卑弥呼の思念がフラウの脳内から少しづつ薄らいでいった。それと同時にフラウの瞼は完全に閉じ、夢の世界へと入って行った。
フラウは夢の中で、ハザン帝国の暗殺を生業とする忍者部隊から追われていた。5人の黒装束の暗殺者がフラウを執拗に追いかけてくる。逃げても逃げてもどこまでも追いかけてくる。
抜き身の忍者刀を振り上げながら次から次に襲いかかってくる。走る自分の足が非常に心許無い。引き離そうと懸命に走っているが、今にも追いつかれそうである。
「もう逃げきれない!」
覚悟を決めて振り向き様に『 神剣シングレート 』に手を掛ける。
しかし、今度は何故か剣が鞘から抜けない。あせるフラウ王女に暗殺者の刀が迫る。もうここまでかとあきらめかけた時、暗殺者の剣が空高く飛ばされた。
そこには婚約者のクロードが暗殺者の前に一人立ちはだかっていた。フラウ王女は安心の余り気が遠くなりかけて目が覚めてしまった。
「フウッ!嫌な夢を見てしまった 」
フラウ王女は、額の汗を拭い、悪い夢を忘れるようにと願いながら再び眠りに就いた。
夜に見た悪夢のせいか、朝の目覚めは決して快いものではなかったが、卑弥呼からの思念の内容を反芻する内に少しづつ落ち着いてきた。一国を背負うということがこれ程に自分を苛むとは考えていなかった。
今のフラウ王女の不安定な精神状態を支えてくれているのは、夢の中に現れて自分を救ってくれた婚約者のクロード・トリトロンだった。やはりかつてフラウ王女が夢の中で見た後ろ姿の白馬の騎士は、やはりクロードだったことを実感できてとても嬉しく思えた。